黒猫はパンツがお好き？｜リアクション

黒猫はパンツがお好き？

　綾と同じ風紀委員の矢萩咲もまた、パンツ泥棒を掴まえる為、普段はシーサイドタウンを中心にしていたパトロールを桜花寮周辺に変更していた。
　桜花寮周辺で活動している自警団の者達にも情報提供を呼び掛けてある。
「全く…パンツを盗む泥棒猫が跋扈するなど、咲は信じたくもありませんが…うちの生徒も被害に遭っている以上は見過ごせません！」
　そう憤る咲の目にとまったのは、小さな空き地で、ビデオカメラ片手に真剣に地面を調べている不審者、民谷鋭二だった。
「君、そこで何をしているの！？」
　咲の鋭い声に、顔を上げた民谷は、真顔で言ってのけだ。
「パンツ泥棒の化け猫を捜しているんだ」
「バケネコ…？」
　予想外の答えに、咲は何と返せばいいのかわからなくなる。
　そんな咲の戸惑いを置き去りに、民谷は己の推理を語り出した。
「知ってのとおり、寝子島では今もなお、猫又や化け狐のような妖怪、その他様々な不可思議現象の目撃談が多く存在している。
　日本各地には化け猫の伝説が残されているが、神奈川県にも『猫の踊り場』という伝承がある。これは、夜に何匹もの猫達が、盗んだ手拭を被って踊っていたという話だ。
　貼り紙の写真を見たが、普通の猫が女性の下着だけを狙って盗むか？
　否。今回の犯人が化け猫で、手拭替わりと考えれば納得が行く」
（いやいやいやいや、だからって化け猫という結論は納得行きません！）
　咲は思わず心の中でツッコミを入れるが、民谷の流れるような推理を邪魔する隙はなかった。
「最近じゃ、手拭いを実用的に使う人が減ったから、代替品としてパンツを選んだんだろう。パンツは被り易いしな」
（被ったことあるんですか！？）
　咲の顔が青褪める。
「女の下着ばかり狙われるのは、もしかすると他にも理由があるのかもしれないが、今思いつくものとして考えられるのは、一般に女性の方が霊的能力が高いと言われているからかもしれない」
　民谷はそのまま、巫女などの霊力の高い女性が被害にあったか調査しようと呟きメモをとる。
（この人、怪しすぎる…）
　咲は民谷を観察した。
　化け猫について真剣に語っている姿は、嘘をついているように見えず、邪な態度も見られない。
　だが、怪しいのだ。怪しすぎるのだ。
　逃げるか、通報するか、まだ様子を見るのか迷っている咲の目の前で、民谷が続ける。
「昔話では、化け猫たちはどこかに集まって踊ると伝えられている。恐らく、化け猫の集会場のような場所があるはずだ。先ほどからそれを捜しているがまだ見つからないんだ。そういった場所を知らないか？」
　ここでようやく民谷が咲に話を向けた。
「残念ながら、そのような場所は存じませんが…」
　咲は鋭い眼差しで民谷を見つめ返した。
　怪しいと言うだけで確証がないのに、ここで騒ぎ立て、万が一本物の犯人を逃してしまうのも本意ではない。
（ここは、咲が頑張らなくては！）
「犯人捜しに、咲もご一緒します」
　咲は不審者を見張るため、同行を申し出た。
「まあ、別に構わんが…」
　民谷はそう言って、護身の為にと魔除けの札を分けてくれた。
　礼を言って受け取ったものの、咲は手にある魔除けの札をじっと見つめる。
（もしかして…咲は早まったのでしょうか…）
　後悔しても、自分から申し出た事をすぐに投げ出せる性分ではない。
「まず、猫の集会所と不審な猫について聞き込みに行く」
「はい」
　歩き出した咲はふと不安を覚えて足を止めた。
（…そう言えば、私の部屋の外干ししてたパンツは大丈夫でしょうか…？）
　咲は、祈るような気持ちで部屋の方向を見つめると、先に行ってしまった民谷を追いかけた。