黒猫はパンツがお好き？｜リアクション

黒猫はパンツがお好き？

　桜花寮にほど近い小さな公園では、浅山小淋が幼い頃に失った声替わりのスケッチブックを、八神修と常闇月に見えるように抱えていた。
『下着を盗む、黒猫の話はご存知ですか？』
　スケッチブックに書かれた文字を読んだ八神と月が頷くと、小淋はページをめくった。
『実は、私もたまたま寮で外干しをしていた際に、以前、ある方からプレゼントで頂いた下着を取られてしまいました…』
「浅山の下着もか…」
　可哀想にと八神が眉を顰める。
「浅山さんのをですか？　そうですか。なるほど…」
　微笑んだままの月の瞳が殺気を帯びる。
　それに気付かずに、小淋は再びページをめくった。
『噂が立つ前だったので、私も少し警戒が薄かったかもです。皆さんも困っているようですし、一刻も早く見つけ出したいのですが、協力していただけないでしょうか？』
　小淋が八神と月の答えを待つ。
「勿論だ。桜花寮でそんな事が起こってたなんて…。皆が安心して暮らせないじゃないか」
　皆と言いつつ、八神が念頭においているのが一人の女生徒だというのは想像に難くない。
「……分かりました。犯人を捕まえて、確実に抹さ…いえ、下着を奪い返しましょう」
　月も殺る気…いや、やる気充分に快諾する。
『ありがとうございます』
　小淋が深々と頭を下げた。
「そうですね…」
　少し考えこんで、月が口を開く。
「女性物の下着を盗んでいるとの事ですから、罠を仕掛けましょう。勿論、これ以上、浅山さんの下着には手を出させません。私の下着を餌に、犯行を行う黒猫を釣りましょう。それから追跡を行い、拠点を暴き立てて主犯格の確保と被害を受けた下着を奪還する。こういう作戦ではいかがでしょうか」
　月の作戦に八神と小淋も乗り気だ。
「囮捜査はいいな。追跡については俺に考えがある。少し準備をする時間をくれるか？」
『もちろんです』
　小淋が頷く。計画が決まったところで、
「修ちゃーんっ！」
　遠くから、後木真央が八神に向かって走って来るのが見えた。
「修ちゃん修ちゃん、パンツ泥棒が出るのだ！　それがなんと！　おネコさまだと話題沸騰なのだ！！」
「ああ、知っている」
　勢い良くまくしたてる真央に八神が宥めながら相槌を打つが、真央の興奮は収まらない。
「あれは絶対、変身系のろっこんなのだ！　おネコさまに罪をかぶせるとは許しがたいのだ！」
「まあ、落ち着け。そうと決まった訳じゃないだろう」
　八神が苦笑する。
「猫である可能性を捨てきるほどの情報は、まだ入っていません」
　月が冷静に現状を語る。
『何か事情があるかもしれませんし、それなら私達で手伝える事があるかもしれません』
　小淋の書いた文字を見て、真央がショックを受ける。
「真央ちゃん、心が穢れてるのだ。そんな可能性は欠片も思いつかなかったのだ、うわーん！」
　泣き付く真央を八神が宥める。
「俺達、今から犯人捜しをするつもりなんだ」
　その言葉を引き継いで、小淋がスケッチブックを真央に見せた。
『後木さんも、犯人捜しに協力していただけませんか？』
　それを読んだ真央が、力強く頷く。
「おネコさまの為に頑張るのだ！！」

「浅山、ところで、うちのクラスの…女子は、その…大丈夫なのか…？」
　小声で聞いてくる八神に、
『あおいさんのでしたら、盗まれてないようですよ？』
　小淋がそう書いたスケッチブックをこっそり見せた。
「そうか」
　安心する八神を見て、小淋が微笑む。
「いや、別に、あおいだけじゃなくて…皆、心配だから…」
　赤くなった顔を誤魔化そうと焦る八神を、小淋はにこにこと楽しそうに見ていた。

　微笑む小淋を眺めながら、月は自分の内から溢れる気持ちに戸惑っていた。
（初めてですね。体が熱くなる、この感情は……不愉快？　いえ、これは……）
　初めて感じる攻撃の為ではなく守る為の怒りは、月に新しい感覚をもたらしていた。

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