雨の日と月曜日は｜リアクション

雨の日と月曜日は

　奇遇ですわねと告げて、みちゃ子こと宮小路美沙（みやこうじ・みさ）は、値踏みするような目でさゆるを見ていた。
「……ええ」
　答える声が小さくなる。店〈プロムナード〉は？　とさゆるが質問すると、「わたくし、今日はお休みですことよ」とあっさり返された。
「こちらのお風呂、気に入っておりましてね。寝子島に来て以来、ときどき参りましてよ。さゆみ様も？」
「いえ、あたしは、たぶん初めてで……」
　雨にたたられ逃げこんだ格好だとさゆるは事情を明かした。
「おやおや、それは災難でしたわね」
　みちゃ子の目が細くなる。どことなく猫のようだ。だとしたら自分は鼠──そんな想像がさゆるの頭に浮かんだ。
　湯面が波立つ。みちゃ子は立ち上がると、ゆっくりとこちらに歩いてきた。タオルで前を隠してはいるものの、さゆるは思わず視線を外した。
　ふふ、と意味深に笑むと、みちゃ子はさゆるの真横に腰を下ろしたのである。巧みにハンドタオルを巻いて、大理石の浴槽脇に乗せた。近い。互いの距離が、息づかいで測れるほどだ。
「いい湯加減ですわね」
　みちゃ子の声は、湯気よりもやわらかく、でもどこか芯がある。
「……はい」
「さゆみ様、こうしてお目にかかれるなんて、わたくしたちやっぱり縁があるのでしょうね」
　どう返事したらいいのかわからず、さゆるは曖昧にうなずいた。
　何を話したらいいのかわからない。
　彼女が笑うたびに、どこかに針のような痛みが走る。
「まみ子お姉様は変わったようですわ。あなたと暮らすようになってから」
「……そう、ですか」
「いい意味でも、悪い意味でも」
　悪い意味？
　言葉が胸の奥で反響した。
　みちゃ子は湯に手を差し入れ、指先でゆっくりと湯をすくった。湯は光を反射して、きらめきながら指の間から落ちる。
「昔のお姉様はね、もう少し人を惑わせる人でしたの」
「いまも……そんなところ、あると思います」
　思わず口にして、はっとする。
　みちゃ子が少しだけ目を細めた。
「どんな風に？」
「どんな風って……」
「こんな風に、かしら？」
　つーっとみちゃ子の指がさゆるの肌をすべった。首筋から肩、脇腹、さらに下がっていく。
「さゆみ様のお肌、本当に綺麗……嫉妬しちゃいます」
「やめてください」
　空いているとはいえ他に客もいる。同じ浴槽には姿はないものの、洗い場やサウナ、屋外の露天風呂にも姿が見えた。それゆえさゆるは、周囲を気にして小声にならざるを得ない。だがみちゃ子は構わない様子で、
「あら、恥ずかしがってますの？　お姉様の前では、もっと素直に惑わされ、乱れていらっしゃるのでしょうに？」
「そんなこと──」
　その先の言葉はなかった。みちゃ子に唇を奪われ、舌を組み伏せられたから。ねっとりと熱い舌で。
　じゅんと交わすキスとは別の、溺れそうなキス。
　まるであたしをじゅんから奪ってやると言わんばかりの。
　気がついたときさゆるは、去りゆくみちゃ子の後ろ姿を目で追っていた。
「また会いましょうね」
　後れ毛を直しながら、白い裸身が遠ざかる。　

◆　◆　◆

　深夜、玄関の鍵が回る音で目が覚めた。
　時計を見ると、もうとっくに日付は変わっている。
　うつらうつらしていたようだ。食卓に肘をついてさゆるは身を起こした。
　見上げた視線の先に、姫木じゅんの姿がある。外はまた降りだしたようだ。じゅんの肩に小雨のあとが残っている。
「ただいま。起きてたの？」

　じゅんが笑って、近づいてくる。いつもの笑顔。
　さゆるは、その笑顔を直視できなかった。
　おかえり、と言う前に、飛びつくようにしてさゆるはじゅんの肩を抱いた。
　いささか乱暴に唇を重ねる。じゅんは驚いたようだが、素直にキスに応じてくれる。
　優しくて、知っている温度。甘い味。
　さゆるは息を止めて目を閉じた。
　胸の奥で何かが、静かに沈んでいく。

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