夏祭りの夜に｜リアクション

夏祭りの夜に

【夜空に花】

　ねこぴょん後すぐの夏。
　八神修は、寝子島に帰省していた。
　寝子島には、週末に帰る時のために借りているマンションがあって、彼はそこで寝泊りしている。そしてそこには、恋人の七夜あおいも夏休みで訪れ、連泊しているのだった。
　そんなある日、修は寝子島神社で祭が行われると知り、あおいを誘って出かけた。
　もちろん、二人とも浴衣を着ている。
　あおいは、薄い橙色の地に大きな花柄が散らされた浴衣に濃いめの赤い帯といった姿で、修の方は紺地に白で流水が描かれた、男物の浴衣をまとっていた。

　すでに日が落ちているが、神社の境内は灯篭と、幾つも吊るされた提灯の光で明るかった。たくさん並んだ出店と、見物に来た人々でずいぶんと賑やかだった。
　修とあおいは、並んで歩きながら、出店を見て回る。
　実演販売や、変わった雑貨の店などを覗いて楽しんだ。
　面を売っている店の前を通りすがって、修が小さく口元を緩める。
「面をつけると、土地の神様とか妖怪が混じっててもわからないね」
「言われてみれば、そうね」
　修の言葉に、あおいもつと足を止めてうなずいた。
　面をかぶれば、その下にどんな顔があっても、わからないのだ。
　修は、なおも言葉を続ける。
「夜の闇の中に、もしかして……ってね。寝子島だから、あるかもね」
「修くんたら」
　あおいは、冗談と取って、クスクス笑う。修も笑って、歩き出した。
　しばらく行くと、かき氷の店があった。
「かき氷買おうか。祭っぽくていいだろ」
「うん」
　修の提案に、あおいもうなずく。
　二人は店の方へと歩み寄った。
「俺はラムネ味にしよう。あおいはどれがいい？」
　店頭のメニューの写真を見て、修が尋ねる。
「イチゴ味にするわ」
　あおいが少し考え、答えた。
　修が店の人に、自分の分と彼女の分を一緒に注文したあと、さっと二人分の料金を支払う。
「あ……」
「俺の奢りだ」
　軽く目を見張るあおいに、修はさらりと返した。
　やがて修は、出来上がったかき氷を二つとも受け取り、赤いシロップのかかった方をあおいに差し出す。
「ありがとう」
　あおいは礼を言って、かき氷のカップを受け取った。
　二人はそのまま、肩を並べて歩き出す。
　歩きながら、かき氷を食べた。
「冷たくて、美味しいね」
「ああ」
　楽しげに言うあおいに、修もうなずいた。

　かき氷を食べ終わると、二人は花火を見ることにした。
　修の提案で、境内の裏手へと回る。
　そこはあまり人気がなく、境内の喧騒が嘘のように静かだった。
「あそこから見よう」
　修が示したのは、木立に囲まれていて、人目にもつきにくそうな場所だった。
　二人がそこにたどり着いた時、ちょうど花火が上がり始めた。
　夜空を彩る光の花々に、修もあおいも、しばし見惚れた。
「ここは、特等席だ。まるで二人だけの花火大会だね」
　次々と上がる花火に、修が感嘆の声を上げる。
「ええ。すごくきれい……」
　呟くあおいの、吐息にも似た声に、修はつと隣をふり返った。
「あ……」
　そして、息を飲む。
　薄暗がりに佇むあおいは、どこか大人びて見えた。
　はじけた花火の光に、彼女の横顔が照らし出される。
　修は、花火の音が遠くなった気がした。かわりに、自分の心臓の音が驚くほど大きく響く。
　次の瞬間、まるでその音が聞こえたかのように、あおいがふり返った。
　二人の視線が、絡み合う。
　修は、小さく見張られたあおいの瞳に、自分の姿が映っているのを見た。
　あおいの瞳が揺れて、まつげが小さく震える。
　自分と同じく、早鐘を打つあおいの胸の鼓動を聞いた気がして、修はそちらに歩み寄った。あおいの体に腕を回す。彼女は逃げようとしなかった。ただ黙って目を閉じる。
　二人の唇が、ごく自然に重なった。

　空には幾つもの光の花々が咲き乱れ、抱き合う二人を寿ぐかのように、花火を打ち上げる景気のいい音が、響き続けるのだった。