夏祭りの夜に｜リアクション

夏祭りの夜に

【祇園祭にて】

　その日、北里雅樹は恋人の坂本美優と一緒に、祇園祭に来ていた。
　彼が京都に来て二年目の夏、そして二回目の祇園祭だ。
　前日には、山鉾巡行を見ていて、雅樹は「やっぱり実物は迫力が違う」と感心したものだ。
　ちなみに雅樹はいつもと変わらない私服姿だが、美優は浴衣をまとっている。
　浴衣は、紺地に薄いピンクと白で朝顔が描かれた涼しげなもので、美優は艶っぽく、楚々とした美女ぶりだった。当人は、「ショートヘアだから似合うかどうか、自信がない」と言っているが、雅樹の目には、充分似合って見える。

　二人は出店を巡りながら話していたが、話題はいつの間にか互いの故郷の祭のことになった。
「私は大阪の豊中出身やけど……ニュータウンやから、祭と言うても普通かな」
　美優が地元のことを思い出すようにして言ってから、雅樹を見やる。
「雅樹は神奈川の……寝子島出身やったな。あそこ、いろいろ聞くけど、楽しそうな島やね。どんな祭やってるん？」
「どんなって……」
　問われて雅樹は、記憶を探る。
「寝子島神社は祭の時は、出店が出たり花火があったり……。落神神社もボロいけど、なんかあったな。あと、ネコミケとか、高校の文化祭とか……各寮でもいろいろやってたっけ」
　などと思い出すままに告げて、雅樹は最後に「退屈はしなかった」と付け加えた。

　そう、退屈はしない町だった。
　けれど……。
　話しながらも、雅樹は複雑な気持ちになる。
　寝子島を出たのは、父親との不仲が原因だ。
　東大を蹴って京大に来たのも、京都の方が寝子島から遠かったからだ。
　なにより寝子島には、今も元カノが住んでいる。美優と同じく元陸上部の元カノが。
　それらを思えば、寝子島での日々に対して素直に「楽しかった」とはとても言う気になれない。
　彼にとって、寝子島のことを思い出すのは、胸に刺さって抜けないトゲに触れるのも同じだった。

　だが、美優は寝子島の話に、目を輝かせた。
「寝子島へ行きたいな」
　言われて雅樹は戸惑い、返事に詰まる。
　ややあって、話をそらすように言った。
「俺は、関西をいろいろ巡りたい。大阪とか……この京都にも、知らない場所はたくさんあるから、そういう所に行ってみたい」
　それを聞いて、彼の事情を知る美優は、小さく吐息をつく。
「言うてみただけや。……けど、いつかつれてってな？」
「ああ、いつか」
　念を押されてうなずいたものの。
（父のことも、あいつのことも吹っ切って、気持ち良く寝子島に帰省できる日が、いつか来るのだろうか……）
　心の底に重くわだかまるしこりに、雅樹は暗澹とした気分で溜息をついた。

　そんな彼の気分を盛り上げようとするかのように、美優が声を上げる。
「あのお面、なんやろ。近くで見てみよう！」
　彼の腕を引っ張り、出店の一つに向かって歩き出した。
　それへ小さく苦笑して、雅樹もまた祭を楽しむ方向へ気持ちを切り替えようと、そちらへと向かった。

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