思い出の写真｜リアクション

思い出の写真

【幸せの表情】

　６月中旬のある日の夕方。
　大学を終えた朝鳥さゆるは、自宅マンションに帰って来たところだった。「ただいま」と声をかけて部屋に入るが、そこには誰もいない。同居人で恋人の姫木じゅんはすでに『プロムナード』に出勤したあとだ。
（あたしは今日は休みだし、じゅんが帰って来るのは深夜０時……と。それまでに、たまってる家事と明日の予習をしよう）
　一人きりの室内を見回して胸に呟き、さゆるは夕食のための湯を沸かし始める。
　そこへ荷物の配達があった。
　さゆるが両手で抱えられる大きさの、四角いダンボールに包まれたそれはおそらく、先日のシーサイドアウトレットで行われたウェディング・フェスティバルで撮影した写真を、パネルにしたものだろう。
　さゆるはさっそく開封して、中を確認した。やはり中身は写真パネルだ。
（飾るのは、じゅんが帰ってからでもいいかな）
　さゆるは胸に呟き、パネルを入っていた箱に戻してテーブルの端に置いた。
　ちなみにパネルは、専用のものらしい箱に入っていて、それごとダンボールに包まれて配達されて来たのだった。

　さゆるはダンボールをかたずけると、夕食の支度をする。
　支度といっても一人なので、お茶を入れて、帰宅途中で買って来たコンビニの惣菜サラダを広げ、買い置きの冷凍おにぎりをレンジで解凍するだけだ。
　それらで簡単に夕食を済ませると、彼女は家事をかたずけにかかった。
　シンクや風呂を洗ったり、たまっているゴミをまとめて収集日に出せるようにする。
　それが終わると、明日の講義の予習にかかった。
　だが、家事をしている時と違い、テーブルの前に陣取っていると、視線はついつい、隅に置いたパネルの箱にいってしまう。
　しばらく予習に集中しようとがんばったあと、彼女は溜息をついた。
「しょうがないなあ……」
　呟いてさゆるは、改めて箱から写真パネルを取り出す。
　そこに写っているのは、さゆるとじゅんの二人だ。どちらも純白のウェディングドレスをまとい、手をつないで、幸せそうに微笑みながら立っている。
「あたしは、こんな表情できたんだ」
　それを見やって、ふとさゆるは呟いた。写真の自分の顔に、つと指を這わせる。
（あたしの写真、まともに残ってるのってない。……そうよね。あたしの過去はどうしようもなく乱れてて、写真なんて残す気になれなかったもの。今残ってるのは、じゅんと結ばれてからのものばかり）
　胸の奥で呟いて、彼女はこれまでじゅんと一緒に撮った写真を、思い浮かべた。
　季節のイベントや、何気ない日常の一コマなど、じゅんと一緒にいるようになってからは、写真を撮ることも多くなったし、それらをちゃんと残す習慣もできた。
　ただ、どの写真の中でも自分は、少しだけ辛そうな、あるいは悲しそうな表情をしていたように、さゆるは思う。けれども。パネルの中の自分には、それがない。
「こんな表情、今までできなかったのに……」
　改めてパネルを見やって、さゆるは低く呟いた。
（じゅんといることで、あたしの中の何かが、少しずつ変わって来ている……のかな）
　ふと思って彼女は、なんとなくこそばゆいような思いに捕らわれる。

　その時、玄関のドアが開く音がした。
（じゅんが帰って来た）
　鳥が飛び立つように立ち上がり、微笑みながらさゆるは玄関へと向かう。
（パネルを見たら、じゅんはなんて言うかな）
　そんなことを考えつつ、彼女はじゅんを出迎えた。
「おかえり、じゅん」

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