思い出の写真｜リアクション

思い出の写真

【プレッシャーを吹き飛ばす！】

　ねこぴょんの日から18年が過ぎたある日のこと。
　梓楓はブレイクダンスの世界大会を前に、ホテルの一室でスマホの画面を見つめていた。
　彼女は24歳で、「KAEDE-M」を名乗っている。ブレイクダンスの世界大会で三連覇した天才B-Girlだ。
　スマホで開かれているのは、ニャンスタグラムの彼女自身のアカウントだった。
　表示されているのは、緊張に顔をこわばらせた今より幼い顔の、少女の楓自身の姿だ。
　その写真を見つめながら、彼女は胸に呟く。
（私の人生は、５歳の時、ママの踊る姿を間近に見た瞬間に、決まった。あの日から私は、天才と呼ばれたママの背中を追い続けている。追いつける日が来るかどうかなんて、わからない――。それでも私は……踊り続ける。だって、ダンスビートに乗って、自由に体を魂ごと飛翔させる瞬間が、何より好きだもの）
　実際、母親の梓智依子が踊る姿は、鮮烈だった。しかも、血は争えないということか。楓自身の中にも、ダンスに対する情熱と踊ることを心地いいと感じさせる感性が、たしかに眠っていたのだった。

　とはいえ楓も、人前で踊ることにプレッシャーを感じないわけではない。殊に大きな試合の前には、とんでもなく緊張する。
　写真は、智依子が彼女を産んだのと同じ14歳の時に、ブレイクダンス世界大会のB-Girl部門に初出場するため、智依子と一緒に開催地のパリへ行った時のものだった。
　その時の楓は世界大会の重圧に押し潰されそうで、ピリピリしていた。世界の頂点に挑もうとする自分を、「愚かだ」「身の程知らず」と罵るもう一人の自分がいて、正直逃げ出したくなったものだ。
　そんな彼女を、智依子が撮った。
「負けたらこの顔を拡散するよ」
「それは困る。っていうか、消してよ」
　写真を見せて告げる母に、楓は母の手からスマホを取り上げようとしながら言ったものだ。対して母は。
「じゃあ、笑って。とびっきりの笑顔が撮れたら、これは消すわ」
「え、笑顔……」
　しかたなく無理に笑おうとするが、顔は強張るばかり。それを智依子は容赦なく、撮影する。
「ママひどい」
　楓は思わず両手で顔を隠すが、智依子は止めない。
「ほらほら、笑って笑って」
　挑発するかのように、スマホのレンズをこちらに向けて来る母に、とうとう楓は笑い出した。
（結局、いつの間にか結果なんてどうでもよくなって……大会では２位に入賞できたのよね）
　当時を思い出して、楓は胸に呟く。そして、そっと画面の幼い自分の顔を指先で撫でた。
　写真は、大会が終わったあとに母からデータをもらって、あの時のプレッシャーと母の気遣いを忘れないために、自分でニャンスタグラムにアップした。
　それ以後、楓は大きな大会の前には、この写真を見て重圧を吹き飛ばすことにしているのだった。
（結果とか、どうでもいい。ただ、音楽に乗って、魂ごと飛べればいい）
　過去の自分に胸の中で声をかけ、彼女は画面を閉じる。そして前を向くと、静かに歩き出した。

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