思い出の写真｜リアクション

思い出の写真

【リレーエッセイの原稿】

　６月のある日の夜のこと。
　三折部朝衣は自宅でノートパソコンを開いて、ちまちまとキーボードを叩いていた。
　寝子島町役場が出している広報誌の連載に、『思い出の写真』というリレーエッセイがある。役場の職員たちが交代で書いているのだが、今回彼女にその順番が回って来たのだ。
（役場はそんなに人数いるわけでもないし、いつかはあたしの番が回って来るとは思ってたけど、もう少し先だと思っていたのよね）
　キーボードを打ちつつ、朝衣は内心にぼやく。
（とはいえ、さすがに「えー、まだ準備できてないですけど」とか言って断るとかって、無理だろうしね）
　小さく吐息をついて、彼女は手を止めると、改めて写真フォルダを見やった。

　彼女が選んだ写真は、高校３年の寝子祭の時のものだ。
　当時彼女が所属していたサーフィン部は、『ホラーなお好み焼き屋＆たこ焼き屋』をやった。ようするに、ホラーなアレンジをしたお好み焼きとたこ焼きを出す店をやったのだ。
　写真フォルダに並んでいるのは、寝子祭前夜の準備をしている時のものだった。
（地方公務員初級試験の合格発表を待つ身だったあたしは、これが学生生活最後のイベントだったから、気合入れてたんだよね）
　写真たちを眺めながら、朝衣は懐かしげな目になって胸に呟く。
　ちなみに、地方公務員初級試験は高卒で受けられる試験だ。

　フォルダの写真は、体操服で店となる空き教室の飾りつけをしているものや、メイド服姿の女子部員たち、ケチャップをドバっとかけたお好み焼きに眼球のデコレーションをされたたこ焼き、メイド服にゾンビメイクをした写真などなど、さまざまなものがあった。
（衣装、なんでメイドさんだったのかな。ホラーとあんまり関係ないんじゃ……と思うけど。これは、あとでゾンビメイクしたやつだ。ビフォーアフターで、並べて載せようっと）
　写真を眺めながら当時のことを思い出しつつ、朝衣は構成も考える。
（ホラーアレンジといっても、お好み焼きはこのとおりケチャップぶっかけて『鮮血お好み焼き』と称しただけだし、『眼球たこ焼き』は不格好すぎて、逆にみんな笑ってたよね）
　メニューのことなども思い出して一人苦笑しつつ、朝衣は再びキーボードを打ち始めた。

　そんな彼女に、同居中の婚約者、住沢遥人が声をかけて来た。
「さっきから何やって……」
　言いかけて笑い出したのは、画面の写真を見たせいだ。
「そんなに笑わなくても……って、やっぱりおかしいよね」
　顔を上げ、笑っている遥人に言いかけて、朝衣は自分も笑い出した。
「なんなんだい？　この写真」
「３年の時の寝子祭の前夜の写真」
　遥人に問われて答えると、朝衣はエッセイの原稿を作っていることを話して、大きく伸びをする。
「コーヒーでも入れようか？」
　それを見て、遥人が尋ねた。
「大丈夫。もうちょっとだから、いっそやっつけちゃうね」
　朝衣はかぶりをふって、再びノートパソコンに向かった。
「がんばれ」
「はーい」
　エールを贈る遥人に答えて、彼女は再びキーボードに指を走らせ始めるのだった。

　後日。
　役場の広報誌の『思い出の写真』のコーナーには、朝衣の書いたものが掲載された。そしてそれは、寝子高出身者たちを中心に、好評のようだった。

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