思い出の写真｜リアクション

思い出の写真

【高校時代のミニアルバム】

　水槻清恋は、旧市街にある警察女子寮に住んでいる。
　その日彼女は、寮で部屋の整理をしていた。実家から持って来てそのままのダンボール箱や、買ったものの押入れに入れっぱなしのものなどを開け、不要なものは次々とゴミ袋に入れていく。
　と、押入れの隅から厚い表紙のノートのようなものが出て来た。
（何、これ？）
　手に取って開いてみれば、中には写真が貼られていた。どうやら、ミニアルバムらしい。
　写真は、高校時代のものだ。写っているのはほとんどが陸上部の部活で、合宿時に仲間たちと撮ったもの、練習の時のもの、記録会の時の表彰台に立っているものなどが納められていた。
（なんでこんなものを持っているんだろう……。昔の写真なんて、実家にあるか、とっくに捨てたはずなのに……。それも、よりにもよって、高校時代なんて……）
　心がささくれていくのを感じながら、清恋は顔をしかめて、ページをめくる。

　すると後ろの方に、部活とは別の写真が、数枚出て来た。
　高校生の清恋と、30代ぐらいの男性が一緒に写っているものだ。
　人気のない砂浜で二人で手をつないでいるものや、ホテルのベランダと思しい場所で、並んでスマホで自撮りしたようなもの、雪の積もった九夜山展望台で腕をからめているものなど。どれも、なんとなくひっそりと秘め事めいた空気があって、最初の部活の明るい雰囲気とは別物だった。
（30代の妻子ある男。私の人生最初で最後の恋の相手だと……信じていた男。実際にはドロ沼の不倫でしかなくて、始まったのと同様に終わりもあっけなかった……。）
　きゅっと唇を引き結び、清恋は写真の中の男を見据える。

　写真は、男と出かけた数少ない時間を写し撮ったものだ。砂浜とホテルは同じ場所で、たしか男が関西に出張するのへついて行ったのだ。砂浜の写真は通りすがりの人に撮ってもらった記憶がある。
　九夜山でのものは、男がイヤそうに顔をしかめていた。見知った者がいるかもしれない場所で、腕を絡められたのが、嫌だったのだろう。
（今思えば当然だけど、私より彼の方が関係を隠したがっていたわよね）
　その写真を見やって清恋は、思わず苦笑しつつ思った。
　自分が当時の男と同じ、30代になってみれば、よくわかる。大人には「社会的地位」というものがあって、それが人によっては何より大事なのだ。ましてや、妻子がいれば、尚更に。
（にしても、こんなの、ほんとになんで残してあるんだろう……）
　部活の写真はまだしも……と思いつつ、眉間のしわを深くしながら、清恋は男と一緒の写真だけをはずした。
　ライターで１枚に火をつけ、灰皿の上に置く。燃え始めたそれの上に、清恋は次々と他の写真も乗せて行った。写真はたちまち炎に包まれ、急速にどれもが灰になっていく。
　それを見つめながら、清恋はついでに煙草に火をつけた。
　灰皿の上で炎の中、ねじれ踊る灰をじっと見据えながら、彼女は煙草に口をつけ、煙をゆっくりと吐き出す。

　やがて写真は全て燃え尽き、灰と化した。
　清恋は、吸い終わった煙草を灰皿に押し付ける。
　ミニアルバムを手にして、彼女は残った写真ごとゴミの袋に入れようとした。だが、つとその手が止まる。
（置いておいてもいいか。そこまで邪魔になるものでもないし）
　気まぐれのようにそんな思いが湧いて、彼女は手にしたミニアルバムを再び押入れの隅に置いたのだった。

このページにイラストを設定する