Mon seul Tresor｜リアクション

Mon seul Tresor

　目の前には、自分の顔があった。鏡があるのだと認識したのは、暗い表情に手を伸ばし、冷たい感触を指先に感じた後だった。
　廻春告は、鏡に映った自身の頬を指先で撫ぜた。いつもよりも肌の色は白く、死人のような蒼白さだった。指先が頬から左目へと伸び、巻かれた白い包帯に触れる。隠れた左目は、何も感じない。違和感も、痛みも、何も。けれど、不思議と左目を失ってしまったのだという事だけは分かる。
　色がころころと変わる不思議な左目が疎ましくて、奇異な目で見られる原因の瞳が邪魔で、不躾にジロジロと向けられる幾つもの視線が嫌で嫌で堪らなくて ―― 自身の手で、奪った。
　どうやって奪ったのかは、覚えていない。見える右目で周囲を確認すれば、真っ白な部屋で、ツンと鼻につく薬品のにおいに顔を顰める。どうやらここは病院のようだった。左目に巻かれた包帯と、感覚のない目から察するに、既に処置は済んでいるらしい。
　人とは違う左目を排除出来た達成感と、言い知れない虚しさが春告の心に広がる。ベッドに腰をかけ、そのまま寝転がると包帯にそっと触れた。
　今はいない父親と母親も、色の変わる目をしていた。春告ほど変化は顕著ではなかったが、それでも二人の目を見る度に、自分だけが異質なのではないと安心できた。
　左目は、今はいない肉親達との絆だった。それなのに、春告は自身の手で断ち切ってしまった。もう二度と戻らない瞳は、春告を孤独の底に叩き落したように思えて、胸の奥が痛む。
　後悔したって遅いのに、後悔の念が胸に溢れ、春告の目が潤む。この歳まで春告を育ててくれた義母に無性に会いたくて、年甲斐もなく泣きつきたくなって、一人ではないと安心させて欲しくて、春告は滲む視界に唇を噛み締めると、右目を手で覆った。

「大丈夫か？」
　不意にかけられた声に、春告は反射的に左目に触れた。眼帯の手触りに安堵の息を吐き、ショーウィンドウに近づくとそっと眼帯を外した。瞳は今日も色を変えながら、春告の左目に納まっていた。
　失っていなくて良かった。そう思ったのと同時に、先ほどの女の子の泣き顔が脳裏に浮かぶ。男の子なら、女の子が泣いていたら笑わせてあげなくては。直ぐにそう思ったのは、昔からよく言われていたからだ。それに、春告自身も涙よりも笑顔が好きだった。
　あの子の笑っている顔が見たい。大切なものを思い出させてくれたあの子には、お礼を言わなくてはならない。感謝の言葉は、直接伝えなければ。
「それにしても、あの女の子はどこに行ったんだ？　普通の女の子じゃない気がしたけど……神様か何かか。何かお供えした方がいいんかな。あんな夢を見せてくれたんだ、感謝しねえとなぁ」
　衝の呟きに、春告は灰色の目を見開いた。
「あの子を見た……ん、ですか？」
「あぁ。物凄い美少女だったよな。……あ、でもオレの射程外ではあるけどな。少女は駄目だ。大人からだ」
　その辺の常識はあると力説する衝に困惑しながらも「はぁ」と曖昧に頷く。そんな事よりも、あの女の子は何処に行ってしまったのか。雑踏へと視線を移した時、春告の耳に凜と澄んだ鈴の音が聞こえて来た。