Mon seul Tresor｜リアクション

Mon seul Tresor

　隣を駆け抜けて行った美少女に、夏川茜は振り返ると走り去る背中を見つめた。赤いジャージを着ていたから、一年生だろうか。
　そんな事を考えていたから、お財布を忘れた事に気づいたのは商店街の中、お目当てのお店の前だった。会計前に気付かなくて良かったと思いつつ、茜は方向転換して家への道を急いだ。買い物に来たのにお財布を忘れるなんて、我ながら間抜けすぎて溜息が出る。マンガじゃないんだからと心の中で呟いた時、前方から白髪の美少女が歩いてきた。
　夏神零の血のように赤い瞳が茜に向けられ、思わず目を逸らし、ふと視界の端に映りこんだ映像に二度見する。いや、三度見する。美少女は何故か、男子の制服を着ていた。
　美少女顔の男の子？　それとも、男装の麗人？　茜の頭の中で零の性別問題が議論されていた時、周囲が騒がしい事に気付いた。身長の低い茜には人の背中しか見えなかったが、口々に話している内容は漏れ聞こえてきていた。
　どうやらこの先の交差点で、おばあさんがトラックに轢かれてしまったらしい。
　まさかという思いと嫌な予感が混じりあい、茜は「すみません！」と言いながら人垣を泳ぐように進んだ。事故現場にはまだ救急車は到着しておらず、警察官がトラックの下を覗き込みながら必死に声をかけている。
　アスファルトに広がった赤い血の中にいつも茜が使っているお財布を見つけた時、世界から色が失われ、白黒へと変わった。
「……え、……おばあ、ちゃん……？」

　小さい頃に両親が他界してから、祖母は私をずっと育ててくれた。
　優しくて、厳しかった、大好きな大好きなおばあちゃん。
　私が財布を忘れなければ、こんな事にはならなかったのに。
　悲しくて悲しくて、何故お財布を忘れたのか、そればかりが頭の中で回って。
　涙が止まらない。
　どうしておばあちゃんが死んでしまったの？
　お財布を忘れたのは私なのに。
　私がいなくなれば良かったのに……。
　おばあちゃん、ごめんね。ごめんね……っ！

　世界が反転するような感覚に、茜は顔をあげた。交差点はいつも通りの静けさで、茜の手にはお財布が握られていた。不思議な夢だったと思う反面、もしかしたらと言う不安が胸に広がり、茜は帰路を急いだ。
　祖母は茜が買い物に出かける際に見た時のまま、椅子に座ってお茶を飲んでいた。急に帰ってきた孫に、どうしたの？　と首を傾げる。変わらない祖母の姿に茜は「良かった」と呟くと抱きついた。
　泣きじゃくる茜に不思議そうな顔をしながらも、祖母は優しく背中を撫でてくれた。まだ茜が小さくて泣き虫だった頃と、同じ様に。