【蛍火の誓い】


「えへへー、こーたろーくんと一緒に天の川デートやでー♪　でも、曇っちゃったのは残念やなー」
　眉尻を下げてつつ空を見上げる西野町 かなえに、雨崎 荒太郎はポジティブに励ました。
「雨が降らなかったことを喜ぼうよー」
　雨崎はぎこちなく微笑む。
「わあ、流れ星や！」
　西野町が指差す雲の切れ間からは、本当に流れ星が頻繁に観測できていた。
　だが、雨崎はただ「そ、そうだね」と苦笑いするしかできなかった。
　その様子に、西野町は若干戸惑う。
（あれ？　こーたろーくん、何か雰囲気違う？）
　何か隠し事をしているような、言い出せない何かを抱えているような……？
（うちがこーたろーくんを元気にせなあかん！）
　西野町は雨崎の手を掴むと、小さな体で見物客の合間を縫っていく。
「まってよー、とうふちゃーん」
「こーたろーくん、早く早く！」
　西野町のおかげで、あっという間に竹の前までたどり着く事が出来た。
　２人は短冊に願い事を書き終えると、互いの願い事が気になるのかチラチラ盗みしようとはしゃぎ合う。
「わ、だめだめ！　見たらあかんよー！　こーたろーくんこそ、なんて書いたんー？」
「な、内緒だよー！？」
　２人は顔を赤く染めながらキャッキャとじゃれ合う。
　そんな彼らの願いはこれだ。

『大好きな人に、天の川の前で想いを告げられますように　雨崎荒太郎』
『大好きな人と恋人になれますように』

　甘酸っぱい。
　結局、２人は「見るなよ、絶対に見るなよ？」と念を押し合いながら竹に吊るした。
　その途端、彼らの体重は地球の重力から解き放たれ、厚い雲が覆う空へと一直線に浮上！
「あわわ、飛んだ……飛んだで！　こーたろーくん、ろっこん使ったん！？」
　雨崎のろっこんは飛行系ろっこんで、鳥などの動物が近い距離で羽ばたく時に発生する。
　だが、西野町は近くに羽ばたく存在がないことを疑問に感じていた。
　対して雨崎は勝手に体が浮き上がる感覚が面白いらしく、テンションも高度に合わせて急上昇。
「あははは～♪　ぼくととうふちゃん、飛んでる～！」
「こーたろーくん！　高い高いでこれ！？　こ、怖い……！！」
　クロールのように腕をばたつかせてきた西野町は、必死に雨崎にしがみつく。
　くっつかれた雨崎は、彼女の不安を解消すべく自分の帯でぎゅっと互いの体を巻く。
「とうふちゃん、しっかりつかまっててよ～」
　雨崎はキリリと引き締まった顔で天を仰いで渾身のアナウンスを掛ける！

「貴女の夜間飛行のお供をいたしますパイロットは、わたくし、座敷わらしでござんす～」
「こーたろーくん、頼もしい……！」
　無意識に体を密着させる西野町は、不思議な安心感に包まれていた。
　その安心感からか、周りを見渡す余裕が生まれる。
　既に多くのカップルや友人同士が星海飛行を満喫しているようだ。
「……あれ、みんなも飛んどる。こーたろーくんのろっこんやなかったん？」
　雨崎は首を横に振った。
「これはねこったーに流れてた噂どおりだったねー！　なんでも浮上すると『恋愛成就』するらしいよー」
「恋愛……成就！？」
　西野町の顔が一気に赤くなる。
（なんやそれ！？　ねこったーなんて今日は見る余裕なかったから知らへんって！　ってか、うちら飛んでるっちゅーことは、ひゃあぁぁぁ～♪）
　彼女は嬉しさのあまり、雨崎の立派な胸板に顔を埋めてしまう。
　雨崎はそれを怖がってると受け取ったのか、小柄な西野町の体を抱き締めた。
「怖くないよー、とうふちゃん。ほら！　星が綺麗でやんす！」
　座敷わらし口調でおどけてみせれば、西野町の恐怖心も自然と薄らいでいく。
　彼女が顔を見上げれば、満天の星空が目に飛び込んでくる。
「めっちゃ綺麗やん！」
「そうだねー！　ずっとこうして一緒に見てたいでやんす～」
　２人がうっとりとしているその横で、いきなり黒い光線が近くにいた名も知らないカップルを焼き払った。
　ミッシェルを見失い、ボッチの絶望に耐え切れずに闇落ちした矢萩 咲のろっこん『メガエラ・フォース』でリア充を文字通り爆発させていたのだ！
「大変や！　ビームにやられて落っこちそうな人達がおるよ！　助けに行かな、こーたろーくん急いで！」
「合点承知だよー！」
　雨崎は墜落するカップルをおうべく速度を上げる。
　だが、西野町は矢萩がこちらを狙っていることに気が付いてしまう。
　咄嗟に「こんなこともあろうかと！」と彼女は巾着から自作の木綿豆腐を取り出した。
　そしてそれをフルスロットルで矢萩の顔面へ投げ付けた！
「人の恋路を邪魔する奴は豆腐に当たって死んでまえ、このアホー！」
　矢萩は豆腐だと侮ったのか避けもしない。
　しかし、その豆腐の角が矢萩にぶつかる（というか絵的には刺さる）と、その体は大きく仰け反って吹っ飛んでいった。
　西野町のろっこん『とうふの角に頭ぶつけて死なす』は、とうふの角に頭をぶつけた対象を気絶させる凶悪な効果である。
「とうふちゃん！　どっちをたすけるのー？」
　カップルと矢萩が別々に墜落していく。
「カ、カップルを追うで！」
　西野町の決断により、雨崎は厚い雲の中を再突入していった。
　矢萩は、完全に忘れ去られた。

　カップルの行方は見失ってしまった。
　更に雨崎と西野町も九夜山の中腹に不時着してしまい、軽く遭難中である。
「ここどこなんー？」
「大丈夫！　ぼくが付いてるから安心して！」
　暗い森の中を宛のなく彷徨う。
　ほどなく歩くと、目の前に緑の光の大群が目に飛び込んできた。
　２人は不思議な光のもとへゆっくり近付いてみる。
　すると、そこは……。
「うっわぁー！　うち蛍なんて始めて見るでー！　綺麗やなー」
「なんだこれー！？　小川に蛍の光が反射されて天の川みたいだねー！」
　２人が足を踏み入れたのは、人の手が入っていないと思しき蛍の生息地だった。
　チカチカと一定の感覚で点灯する蛍の大群を前に、彼らは暫し言葉を失う。
「ぼくも蛍を初めて見たー、きれいだね～♪　蛍いたの知ってた？」
　チラリと西野町の顔を横目で見る雨崎。
　そっと彼女の手を握った。
「ううん、うちも知らんかった。九夜山にはまだまだこういう自然がたくさん残ってんやろうなぁ」
　西野町も雨崎の顔を横目で見れば、自然と２人は目が合った。
（なんやろ、こーたろーくん、雰囲気ちがうで……？）
　自然と彼女の胸の鼓動が高鳴る。
　何か、期待感を帯びて、西野町は待ち続ける。
　そして、その時は遂に来た。
「ごめん、天の川、ちゃんと見せたかったけど、また来年だねー。……でも、これからも飛ぼうよ、明日も明後日も。好きなときにだよ、いつまでもずっと……」
　いつもののんびりした雨崎とは違う、真剣な口調。
「今こそ、ちゃんと言うね。に、西野町 かなえさん！」
「は、はい……！」
　急に改まった雨崎に、西野町は背筋を伸ばして返事する。
　雨崎はひと呼吸置いたあと、ゆっくりと気持ちを言葉に出した。


「すきです。だいすきです。


　だいすきだから、このぼくと、


　結婚を前提に、お付き合いして下さい」


　雨崎の告白に、西野町の目から大粒の涙が溢れ出す。
　だが、その顔にはくしゃくしゃになった笑顔が。
「すごい……。うち、もうお願い叶っちゃったで……！　はい、荒太郎君……。うちも、貴方のことが、誰よりも好きです」
　涙が止まらない。嬉しいのに、悲しくなんかないのに、全然涙が止まってくれない。
「えへへへ……、なんでやろ？　嬉しいのに幸せなのに涙が止まらへんよ」
　雨崎は無言で西野町の頭を優しく撫でつけた。
　彼の人差し指が、西野町の涙を拭う。
　しかし、西野町は一層嗚咽を止めることができなくなってしまう。
「うちの事、……真剣に考えてくれたんやね、めっちゃ嬉しい……！　結婚は、……まだまだ先やけど、楽しみにしとる……。だって……、ずっと、荒太郎君と一緒にいたいって、……ずっとずっと大好きやって、うちも、そう思うから……」
　西野町は自然と雨崎の腕の中に抱かれていた。
　雨崎の浴衣を彼女の嬉し涙が濡らす。
「……荒太郎君、うちの涙を止めるおまじない、してもええかな？」
　雨崎は無言で首を縦に振った。

　西野町は顔を上げ、少し背伸びをすると、
　雨崎の唇を自分の唇でそっと塞いだ。

　見守るのは、羽ばたく蛍たちだけ。
　揺れる幻想的な緑光のなか、雨崎のろっこんが発動。
　蛍とともに、西野町を抱きながら少しだけ浮かび上がる。
　互いの唇は、未だに離れないまま――。


　雨崎 荒太郎＆西野町 かなえ：蛍火に祝福された恋人たち