過ぎ去りし想い｜リアクション

過ぎ去りし想い

　桜井先輩と晴月さん、ケンカしたとかそういうのじゃない……みたい。
　混乱気味のラッセルをなだめつつ、柚春はなんとか状況を理解しようとした。
　やがて大まかに把握できたのは、大学のオリエンテーションに出かけようとしたラッセルが、悪い予感に駆られて部屋に戻ったとき、すでに晴月は姿を消していたということだった。
　テーブルの上には別れを告げる短い書き置きが残されており、その文字は震える手で書かれたように頼りなかったという。
　柚春は直感していた。晴月は遠くまでは行けていないはずだと。ラッセルが家を空けていたのは長くても十数分にすぎない。いくら晴月が身軽であっても限界があるだろう。
　それでも、ラッセルはまだ彼女を見つけることができていない。彼の声には悲痛な色合いがあった。
　もちろん柚春も、容易ならざる事態だと直感していた。ラッセルの口調からもそれはわかる。けれどサンダルウッド香のおかげだろうか、僕まで浮き足立ってどうする、と、どこか肚（はら）が据わって、冷静に考えをめぐらせている。
　桜井先輩ははっきり言わないけど、どうやら、最近寝子島に訪れた大きな変化が晴月さんの失踪に関係しているみたいだ。
　柚春も神魂という言葉は聞いたことがある。自分をふくむ寝子島住民の不思議な力には、これが影響していたということも。詳細な知識はなくとも、この春を境とした神魂の消滅を柚春は肌感覚で知っていた。
　寝子島の変化のせいで晴月さんは消えかかっている。
　つまり晴月さんは、あやかしというか、島の力が生んだ超自然的な存在ってこと……？
　もちろん柚春とて薄々勘づいてはいた。晴月が超然としていて、この世のものならざる存在であることを。
　いま、もし先輩が晴月さんに追いついても、きっと彼女は逃げてしまうと思う。
　だったら……！
「わかった」柚春は言った。「先輩、私も探してみるよ。晴月さんのこと」
『頼む……本当に頼む。もし晴月を見つけたら、なんとか足止めを頼めるか？　女の子同士で話しやすいこともあるだろうし』
「うん。晴月さんは僕にとっても友達、できるだけのことはします」
『恩に着る！　お願いだ……』
　と告げたところで電話は唐突に切れた。
「もしもし？　先輩、桜井先輩……？」
　誤って切ったのだろうかと思ったが、コールバックして柚春は悟った。
『おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません』
　スマホの充電切れみたい。
　いずれにせよこうしてはいられない。柚春はフード付きのパーカーをさっと羽織り、ドアへと駆けた。