【七夕】ポニーテールとＳＵＭＯ｜リアクション

【七夕】ポニーテールとＳＵＭＯ

　大惨事が一段落したところで、次は七夜あおいと串田美弥子の取り組みが行われようとしていた。
　森蓮の指導を受けて、どうにかそれっぽい動きができるようになったふたりだったが、表情は冴えなかった。
　美弥子はいつもの元気さのかけらもなく、ポニーテールで落ち着きなく揺れていた。
　あおいはいつもの穏やかさはなく、結ばれた唇の端は針のように細い。
　そんな姿をさせた野郎を許せるか？
　八神修のポニーテールが大きく跳ねた。
　そして、土俵に上がる。
「いまからあお……ふたりが相撲を取ると言ったのか？」
「そうだよぃ」
　骨削瓢がへらりと笑う。
「嫌がってるだろう、無理をさせるのはどうかと思うが」
「あっしは別に無理強いはしてないんだがねぇ」
　瓢はふたりの顔を見る。
　ふたりは気まずそうに視線をそらす。
「確かに無理強いはしていないのかもしれないが……」
　今度は修が美弥子と――あおいの顔を見る。
　不安そうな美弥子と、いつになくこわばった表情を浮かべているあおい。
　そんなふたりの顔を見ていると、肺を直接握られているような気分になる。
「あっしはどっちでもいいよぃ？」
　瓢はあくまでも楽しければいいという様子だった。
　修もそれを否定するつもりはない。
　それぞれの気持ちを尊重して、修が導き出した答えは。
「空気を悪くして申し訳ないが……彼女たちにかぎらず、不本意な者に戦わせるのはいかがなものか」
　修は七夕の精に向き直る。
　答えは、そう。当事者に目的を確認することだった。
「それはあなた方の求める『えんたーていんめんと』に反するのではないか？」
「……うむー。確かにそうだべ」
「そうでございますわね」
　精夫妻の答えを聞いて、修は内心ほっとする。想像通りの反応だったから。
　けれどそれを顔に出さないようにして、修は努めて冷静に続きを述べた。
「ならば、彼女たちが相撲を取る必要はないな？」
「え、あ」
　口ごもる七夕の精と、
「そうでございますわね」
　笑顔のポニーテールの精。
「……だそうだ」
　修も、美弥子とあおいを安心させるように微笑んでふたりを振り返った。

　綾辻綾花は土俵から降りてきたあおいに声をかける。
「綾花ちゃん……」
「あのね、よかったら散策にでも行きませんか」
　努めて明るく振る舞うと「……ありがとう」とあおいは僅かに頷いた。

　砂かぶり――と呼ばれる土俵近くに腰掛けていた御巫時子。
　金魚がたゆたう浴衣にも、その名の通り砂がかかっている。
　その近くに串田美弥子が座り込み、大きく肩を落とした。
「美弥子さん、」
　時子は控えめに美弥子の肩に触れる。
「御巫さん……」
　振り返った美弥子の瞳は、捨てられた子犬のように頼りない。
「皆、頑張ってくれてるのに……私は、」
「美弥子さん、とってもポニーテール似合ってますね」
「え？」
「私も、お揃いです。浴衣は着慣れてるんですけど、ポニーテールは初めてで……少しドキドキしますね。
　あの、似合うでしょうか？」
「……う、うん」
「良かったです」
　そうして会話が途切れ、時子は美弥子の横顔をじっと眺める。
　いつも元気に弧を描く美弥子の眉が、力なく逆さに垂れている。
　こんな表情は似合わないと時子は思った。
　思ったからこそ穏やかにゆるやかに微笑んで、時子はそっと美弥子の背中を撫でる。
「……組み合わないのも、私とお揃いです」
　美弥子はハッと顔を上げた。
「無理、しなくていいんですよ」
　美弥子の大きな瞳はぐらんと揺れた。
「美弥子さんらしく、お手伝いしませんか？」
　時子はまっすぐその瞳を見つめ、まっすぐの言葉を手渡した。
「私、らしく？」　
「はい」
　美弥子は少し悩むように時子を見つめてから「そうだね！」と立ち上がった。

　重苦しい雰囲気の中次の取り組み……己好関（こすぎぜき）対溢落花（こぼれおちばな）が行われる。
　鷹取洋二と海原茂の戦いだ。
　ポニーテールによってスッキリとした髪型が意外と似合っている洋二。対しあまり変化のない茂。
　ぎこちないふたりが動くきっかけを作ったのは、串田美弥子だった。
「ふたりとも、頑張ってね！」
　彼女らしく手伝えること。その問に対する解だった。
　後輩の声援を受けて、ただ突っ立っているだけというわけにもいくまい。
　茂は右手を思い切り突き出して、洋二の体勢を崩しにかかった。
　いつもとはまた違った茂の凛々しい表情。
　青龍寺琴理は思わず立ち上がった。
「茂くん……頑張って！」
　琴理の声に気がついて、茂は一瞬こくんと頷いた……ように琴理には見える。
　そんな錯覚かもしれない曖昧な動作でも嬉しくて、琴理は小さく微笑んだ。
　そして、思ったよりも大きな声を出してしまったことに気がついて、琴理は身を縮めて座る。
　すると
「茂さん……それから美弥子さんも、がんばってくださいね」
　という時子のささやくような声が聞こえてきて、琴理も穏やかに茂を見守った。

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