【七夕】ポニーテールとＳＵＭＯ｜リアクション

【七夕】ポニーテールとＳＵＭＯ

　汗が滴り落ちて、ポーン。鍵盤を叩いた。
　市橋誉はその音さえも、音楽の中に取り込む。
　土俵上での『えんたーていんめんと』に花を添えるために。
　いま、目の前では尾鎌蛇那伊と御剣刀は一進一退の攻防を繰り広げている。
　観客も皆息を呑んで、試合の行く末を見守っていた。
　この場面で使うのは、明るくなりすぎず、けれど暗くなり過ぎない少し色気のあるマイナーのブルノートスケール。
　特に意識せずとも最適な音を選んでしまう辺りが――彼の天性のものであるのだろう。
　刀が蛇那伊の懐に飛び込んだ。
　その瞬間の勢いを表すべく、一気に音階を駆け上がる。
　蛇那伊はそれを受け止め、刀を包むように覆いかぶさった。
　すると先ほどまでの勢いは急激に萎んでいき、ひとつ、ふたつ音を下げて、ふたつの音を行ったり来たりを繰り返す。
　刀はすかさず重心を下げて、蛇那伊の体からすり抜ける。
　誉は明るい和音を重ねて、変化をつける。
　蛇那伊が刀を追う。
　刀が蛇那伊を振り払う。
　音楽も追いかけ振り払い、絡みあった。
　けして主役ではない。けれどけして脇役でもない。そんな音楽を誉は作り上げた。
　
　
　絡み合う男の肢体。
　響タルトはその姿を食い入るように眺めて――ふぅと息をついた。
　ころころと戦況が変わり、絡み合い、それを逃れ、追いかけ。
　タルトの大好きな萌えがそこにはあるはずなのだけれど、
（これは萌えじゃないなー……）
　思わぬカップリングや、予想通りのカップリングを十分すぎるほど満喫した彼女にはすこしばかり重たいようだ。　
（強いて言うなら燃えね～）
　蛇那伊の張り手が刀の頬に入った。
　頬が真っ赤に腫れあがる。
　その赤みの恐ろしいこと。色っぽいこと。
「う～ん……」
　これはこれでいいかもしれない。
　一度切れた集中力が再度構築された瞬間だった。
　

　刀が蛇那伊の背後に回りこむ。
　蛇那伊はすぐさま振り返り、刀の足を払う。
　刀はその足を避けて、一気に懐に入り込む。
　蛇那伊は体勢を立て直す間もなく、刀を受け止め、帯を取った。
　刀も負けじとまわしを取る。
　押し合い。ジリリジリリと体格の劣る刀が押されていく。
　刀は重心を深く取り、蛇那伊の体勢を崩しにかかる。
「うーん……」
　七夕の精が首をひねった。
「どうかしましたか？」
　ポニーテールの精が尋ねると
「いい試合だべな」
　としみじみと言ってのける。
「では……」
　ポニーテールの精は周りが聞き耳を立てていることを理解して、敢えて大きな声で聞き返した。
「ここで水入りはもったいないべ」
　けれど七夕の精はけして満足したとは言わなかった。
　再び蛇那伊が刀に覆いかぶさる。
　蛇那伊は刀を持ち上げようとしているようだった。　
　刀はそれに備える。
　そして。
　蛇那伊は刀の足を払い、刀を押しつぶした。