【七夕】ポニーテールとＳＵＭＯ｜リアクション

【七夕】ポニーテールとＳＵＭＯ

　笹の林は美しい。
　精錬で潔白な武人のような雄々しさを有しながら、女性的なしなやかさがある――色気のある植物だと月居歩は思った。
　芽森みたいだな、とも歩は思った。
　背後に居る彼女を振り返る。
　相撲をとった後とは思えないほどの涼しげな表情。綺麗な浴衣。
　似合ってるな。可愛いな。良かったな。いくつもの褒め言葉が浮かんでは消えていく。
　結局なにも気の利いたことを言えずに、菜々緒から目をそらした。
「そういえばどうして私を誘ったの？」
「同じクラスだし同じ絵画専攻だから誘った。深い意味はねぇよ。絵のネタになるんじゃねぇかと思ってな」
「絵を描くのが好きなのね」
　そう言う菜々緒は眩しそうに目を細めた。
　その表情がどういう感情を示しているのか歩には読み取れない。
「……嫌だったら悪かった」
　だから不器用にも謝ることしか出来なかった。
「別に、嫌じゃないわ」
「なら良かった」
　不快でないと言われても、歩はなんとなく気まずさを感じる。
「お前の作品、そういえば見たことないな」
　その空気を払拭するように話題を振ると、
「私も月居君の作品は見たことないわね」
　想像以上に、菜々緒は楽しそうに話題に乗ってくれた。
　そうか、やはり芽森は絵が好きなんだ。歩はホッとしたような、同時にそれとは真逆の違和感のようなものを感じながら自分のことを語った。
「俺は、水彩を」
「そうなのね。……私は油絵が多いかしら」
「油絵か」
　けれどそれもほんの僅かなことで、気のせいだったのだろうと歩は頭の隅に追いやった。
　目の前で菜々緒はこんなにも楽しそうに絵について語っているではないか。
　歩は意識的にそう思い込む。
　思い込んで、思い込んで――そうすると、そうすればするほど、歩の中の違和感が大きくなるのだ。
　時折見せる危うい表情。不安定な姿。
　歩はそんな菜々緒のイメージをどうしてもかき消したくて、
「そんなに、絵を描くのが好きなんだったら、相撲なんて、するなよ」
　言わなくてもいいことを、口に出してしまった。
　言ってから後悔する。これだから他人と話すのは難しいんだと思う。
　そんな間に菜々緒の表情がすぅっと引き締まった。
　突然、海から波がなくなって平面になってしまうかのように硬質な――真面目な表情だった。
　歩は覚悟を決めて、菜々緒をまっすぐ見つめる。見つめると、菜々緒もまっすぐ視線を返す。
　直線が押し合えば、いずれどちらかが折れてしまうのは必須。
　結局折れたのは歩の方だった。
　視線をさっと逸らしてから、言い訳するように言う。
「お前が合気道やってるってのは知ってる。けど女があんまりそういう事するもんじゃねぇよ」と。
「……そうかしら」
　真剣を通り越した冷たい無表情。
　歩は息を呑んで、少し迷いながら、
「……怪我したらどうすんだ。手なんか怪我した日には、絵を描くのにも支障が出るだろ」
　それでも危ないことはやめて欲しい。という思いを懸命に告げた。
「……そう。そうね」
　絵が描けなくなったら、息ができなくなってしまうわね。
　ボソリと呟かれた言葉の衝撃。
　聞き返そうと歩は顔を上げる。
「ありがとう月居君」
「あ、ああ」
　けれど、菜々緒の薄い微笑みに言葉は塗りつぶされてしまった。