【七夕】ポニーテールとＳＵＭＯ｜リアクション

【七夕】ポニーテールとＳＵＭＯ

　芽森菜々緒は目を伏せる。
　月居歩はいたたまれないような気分になって、近くの短冊に手を触れた。
　織姫と彦星が無事に出会えますように。
　歩が手にとった一枚の短冊が煌々と光り、世界は白に包まれてしまった。

　すぅっと耳を掠める吐息。
　それは熱く、湿っぽく、緋紅朱赫乃の腹の底をくすぐるように、体の中へ染みこんでいった。
「っぁ……」
　たまらず赫乃は声を漏らす。するとまた耳元で「くく」と押さえた笑い声が聞こえた。
「し、シグレさん……ん！」
　抗議をするように名を呼ぶとシグレ・ナイトウォーカーの唇に、言葉をねじ伏せられる。
　そっとシグレが赫乃の太ももを撫でる。
　口内にもシグレの吐息を感じ、赫乃の体は大きく震えた。
　けれどそれ以上赫乃を刺激することなく、シグレの唇は離れていった。
「シグレ、さん……笹が光って……」
「え？」
　その幻想的な風景を最期に、赫乃の意識は途絶えた。

　青龍寺琴理は浴衣の裾を上げて、川の冷たさに目を細める。
　そして首だけ振り向いて、後ろの愛しい人の名前を呼んだ。
「茂くん入、」
　けれど彼の姿は光の中に埋もれ、
「茂くん……？」
　返事を得られないまま、琴理の意識は白に溶けた。

　七夕の精を川に投げ捨てると、各々が光に包まれ、世界が白く消えていった。
　七夕の精をフルボッコした女子全員も、その様子をただ呆然と眺めていた男子全員も、土俵の側に居なかった人々も、余すことなく元の世界に戻る。
　いや、正確には全員ではなかった。
　確かに誰も彼も元の世界に戻りはしたが、フルボッコに加わったのは、女子全員ではなかった。
　気を失っていた、夢宮瑠奈は当然不参加。
　あとはその場に居なかった以上の彼女たちもそうであるし、御巫時子も止めはしなかったが、入りもしなかった。
　それから薄野五月は頷きはしたが、フルボッコはせずに笹船を折っていた。
　そして残るのは、解説を行っていた宮祀智瑜だ。
　彼女もＳＵＭＯという名の制裁には加わっていなかった。
　智瑜の中にも変態さんは許せないですよね、という感情は確かにあった。
　控えめな性格だから暴力は……という気持ちもあった。
　けれどそれよりもなによりも、彼女は無意識にろっこんを発動させ、気がついてしまった。
　七夕の精とポニーテールの精が、短冊に書いても書いても聞き入れてもらえない願いごとに。
『神様が、許してくれるかもしれないから。
　こうして――神事を行ってお祈りすれば許してくれるかもしれないから』
　諦めきれない七夕の精。
『そんなはずはございません。もう諦めましょう。それよりも今日を楽しみましょう』
　諦めようとするポニーテルの精。
　七夕の精を川に放り込んで、泳げない彼が沈んでいって――。
　その姿をどんな気持ちで見ていたのだろうか。
　智瑜の小さな胸がきゅっと痛む。
　ポニーテールの精はそれを見送った。むしろ率先して、川に放り込んだ。
　智瑜にはふたりの気持ちの部分まではわからない。
　わからないけれど、幼いころに耳にした言葉を、ふと思い出した。
　天の川を泳いで会いに行けたらいいのにね。

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