授業風景～３年普通科の場合～｜リアクション

授業風景～３年普通科の場合～

●授業前／職員室にて

　現国の授業を控えた昼休みの時間。
　職員室で黙々と今日行う小テストを作っていた早川珪は、自分の名を呼ぶ耳慣れた声に顔を上げた。
「あの、早川先生」
　視線を向けると、そこには図書委員の綾辻綾花の姿があった。司書も兼任している早川にとって、馴染みの深い生徒の一人である。
　動かしていたペンを置くと、早川はにこやかに笑ってみせた。
「ああ、綾辻さん、こんにちは。どうしたんだい？」
　そんな早川の様子に心なしか頬を染めつつ、綾辻は口を開く。
「今日の図書館のカウンター当番、少し遅れるかもしれません」
　図書委員会の何気ない業務連絡。
　もちろんそれが一番の理由であるのだが――綾辻にとって、些細な用事であっても早川と会話できる時間はとても大切なひとときであるのだ。
（顔、赤くなってなかったらいいんですけど……）
「そっか、分かりました。わざわざありがとうね」
　そう言って微笑む早川の笑顔を見てると、どうしてか首から上が心なしか熱い。
　無意識にその熱を冷ますよう指の先で頬に触れつつ、綾辻は気恥しさを紛らわすように言う。
「そういえば三年生ってどんな授業をしてるんですか？」
「うーん、センターの過去問を解いたりもしてるけど、今日はちょっと特別なんだ」
　ほら、と早川が差し出したのは、一枚の原稿用紙。
　その原稿用紙を、首を傾げつつ綾辻は受け取った。
「作文？」
「ああ。今日はみんなの名前の由来を作文に書いてもらおうと思ってね。授業というよりは完全に僕の趣味なんだけど」
　珍しく子どもじみたような笑みを浮かべながら、だから、と早川は言葉を続ける。
「もし良かったら、綾辻さんの由来も教えてくれたら嬉しいな」
　その早川の言葉を拒否する理由はどこにもない。
　早川からの提案に、綾辻ははい、と笑って頷いた。
「分かりました。……そうだ、授業の後に提出しに来るので、その時に先生の名前の由来も教えてもらうというのはダメでしょうか？」
　先生のことをもっとよく知るいい機会になるかもしれない。そう思って半ば思いつきのままそう口にした綾辻の提案に、もちろん、と早川は快諾した。
「それなら俺もまじめに考えておかないとな」
「ふふ、ありがとうございます。それでは、授業終わりにまた来ますね」
　失礼しました、とお辞儀した頭を上げた綾辻は、ちらりと時計を見上げた。
　次の授業が始まるまで、あと３０分はある。
（授業中に書く……訳にはいきませんから、お昼休み中に書かないと）
　生真面目な綾辻は、そんなことを考えつつ職員室を後にした。

　そんな二人の会話を、ふーん、と聞いている生徒が一人。
（面白そうな授業じゃん。三年の授業、ってことは貴子ちゃんも受けるのかな？）
　学級委員として担任に頼まれていた雑務の報告を終えた八十八旗信彦は、何気なく耳にした会話に小さく笑みを浮かべた。
　三年の北風貴子。風紀委員らしい生真面目な北風とは前々から仲良くしてみたいと思っていた。ややキツすぎる性格も、彼にしてみれば北風の魅力のひとつである。
（よーし、授業が終わったら作文の内容をネタに話しかけてみようかな！）
「何を一人でニヤニヤ笑っているんだ」
　訝しげな担任の声にふと我に返ると、八十八旗は慌てて自分の顔を押さえてぶんぶん首を振った。
「や、やだな先生。別に笑ってなんかないですよ！」
　じゃ、これで失礼します！
　ぴしっと一礼すると、眼光鋭い担任から追及されないうちにと八十八旗は足早に職員室を後にするのだった。

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