それぞれの世界線｜リアクション

それぞれの世界線

　月原想花は内心の焦燥感を隠し、黒い鍔広帽のブリムを立てた親指で軽く押し上げた。クラウンを彩る逆三日月が陽光に照らされて眩い光を放つ。
　対峙した山賊の集団は戦斧や小刀を手に威圧を強めた。ただの山賊ではない。各々が手にする得物には魔法の系統に特化した宝玉が嵌め込まれていた。
　目にした想花は無表情のまま胸中で嘆く。
　――天空魔導師なら異常気象の原因を突き止められる。そう思ったからこの世界にぼくを召喚したんだよね。それはわかるんだけど、元凶となった敵方が宝玉を持っているんだよ。どう見ても敵国の特殊魔導部隊だよね。
　愚痴は程々にして高速詠唱に入る。羽織っていた黒いマントが高まる魔力に反応してふわりと浮き上がる。裏地に描かれた紫色の文様は淡く光り、天空の星々を周囲の空間に可視化させた。
　――どうしてこんなことに、ぼくが巻き込まれないといけないんだよ。
　心の声は切実で思いは過去を遡る。

　その日の寝子島は荒れ模様だった。夜になっても治まらず、九夜山の麓にある猫鳴館には容赦ない寒風が吹き付ける。
　想花は薄暗い部屋でシーツに包まって眠ろうとした。窓ガラスが強い風にガタガタと不平を漏らし、安眠の邪魔をした。
　――明日は早くに起きないといけないのに。
　横向きでシーツを顎先まで引っ張り上げる。足の指先が出ないように丸まった。土中の幼虫を意識してギュッと瞼を閉じる。
　日付が変わる頃、想花は安らかな眠りに就いた。

　閉じた瞼に朝陽が当たる。想花は眉根を寄せて寝返りを打った。手に当たるはずの畳の感触がない。
　不思議に思いつつ上体を起こす。ぼんやりした目で周囲を見て、ここはどこ？　と不安げな声で呟いた。
　想花は木製のベッドの縁に座る。床に置かれたショートブーツを履いてみた。サイズはぴったりであった。
　想花はドア横へ向かう。立ち止まって全体を眺める。
　見た目は細い枯れ木で枝に当たる部分に黒い鍔広帽や同色のマントが掛けられていた。ポールハンガ―を彷彿とさせる。
「……前に転生した世界に戻ってきたんだね」
　手で髪を整えて鍔広帽を目深に被り、モスグリーンのブラウスの上にマントを羽織った。
　木製の無骨な扉を開けて外へ出た。廊下を歩いて目に付いた階段を下りる。
　少し開けた場所には丸いテーブルが置いてあった。囲むように三脚の椅子があり、その一脚に座っていた白髪の老人が重い腰を上げた。眉や髭も白く、身を包んだマントは白銀の輝きに包まれていた。
　想花を目にして弱々しい笑みを浮かべる。
「考えていただけただろうか」
「召喚の影響で少し、頭がぼんやりしているので、もう一度、依頼の説明をお願いしたいんだけど」
「わかりました」
　想花は空いた椅子に座る。老人はゆっくりとした動作で座り直した。
「数年来の異常気象で土地が痩せて不作が続いています。地盤が緩んで土砂崩れも多く、被害は拡大の一途を辿っていました」
「そこに山賊が、モンスターを引き連れて、現れたって話だったよね」
　想花は記憶を思い出しながら言葉を紡ぐ。老人は頷き、話を続けた。
「それだけで済めば良かったのですが、街の唯一の水源である川をせき止められてしまいました。苦しむ農民を余所に山賊共は法外な値段で水を売り始めて困難を極めています。せめて異常気象の原因がわかればと思い、誠に勝手ながら召喚の儀を行いました」
「山賊を撃退する必要はないんだよね？」
「多勢なので、さすがにそこまでは……」
　老人は口を濁す。耳にした想花は腕を組んだ。
　――これって天の理に通じる天空魔導士の案件だよね。ぼくも成長したと思うし、山賊が相手なら魔法で対処できるかな。
　腕組みを解いた想花はにっこり笑う。
「辺境伯の頼みだし、ぼくなりにやってみるよ」
「おお、ありがとうございます。足りないものはこちらで手配しますので、どうかよろしくお願い致します」
「まずは行動だよね」
　丁寧な対応に気をよくして元気に飛び出していった。

　詠唱が終わると一帯を竜巻が襲う。何人かの山賊は木の葉のように中空に吹き飛ばされた。戦斧を大地に突き立てて耐える者も多い。
　小刀を手にした山賊は怯まず、想花に向かって斬撃を放つ。見えない刃は巻き上げる砂塵で正体を現した。
　想花は風を利用した大きな跳躍で難なく躱す。宙に浮いた状態で敵方を数える。百を超えた辺りで諦めた。
　――ぼくは生き残れるのかな。いや、生き残って王国軍の対魔導部隊に応援要請をするんだよ。
　想花は獰猛な獣のように吼えた。絶望を魔力に換えて敢然と立ち向かうのだった。

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