それぞれの世界線｜リアクション

それぞれの世界線

　星ヶ丘にあるブラックウッドの屋敷から稲積柚春とウォルター・Bが仲睦まじい様子で現れた。送り出す老メイド、メアリ・エヴァンズは眼鏡の奥の目を細めた。
「いってらっしゃいませ」
「なんか子供を押し付ける感じになって、ごめんなさい」
　柚春は何度も頭を下げた。メアリは微笑みながら頭を左右に振った。
「二人の時間を大切にすることも必要です」
「そういうこと。メアリ、あとは頼んだよぉ」
「お任せください」
　微笑みを絶やさず、メアリは恭しく一礼した。

　柚春とウォルターは手を繋いで歩く。歩幅を合わせてゆっくりと海岸線の道をゆく。
　歩きながらウォルターはちらりと横目をやった。
「少し前の時間に戻ったような感じがするねぇ」
「どうして、そう思うの？」
「水色のタンクトップに白いパーカーを羽織った、青いホットパンツのキュートな女の子がいるからだよぉ」
「それってまんま僕だよね。キュートって言われると、なんか主婦なのに、恥ずかしいような……」
　モジモジして照れる柚春をウォルターはふんわりと抱き締めた。大切なものに触れるように頭頂に口付けした。
「これでも信じられない？」
「ううん、そんなことない……けど、こっちにもして欲しいかな」
　柚春は顎を上げた。そっと瞼を閉じて、その時を待つ。
　柔らかい感触が唇に触れた。堪らず、ウォルターの首に両腕を回し、甘く痺れるようなキスをした。
　どちらともなく離れて見つめ合う。そして照れ笑いで歩き始めた。
　柚春は幸せそうな笑みが抑えられない。誤魔化すように繋いだ手を大きく振った。
「今日は祝日で、ワットは家族サービスをしたかったと思うんだよ。それなのに僕のわがままを聞いて貰って、少し悪かったかなって」
「僕は今を楽しんでいるよ」
「でも、今日はワットの誕生日だし、本当なら僕がもっとサービスをしないといけないのに。そうだよ！　今から僕のお店でアロママッサージをしてあげるよ」
　青い瞳を輝かせて言った。ウォルターは魅力的な提案に少しの間を空けた。
　最後は笑って顔を左右に振った。
「ええ、どうして？　絶対、気持ちいいのに」
「気持ちよすぎて僕が寝てしまったら、どうする？」
「それは嬉しいけど、ちょっと困る」
「二人で今日という日を、目一杯、楽しみたいよねぇ」
　ウォルターは大きく手を振った。はにかむような表情を見て柚春は、同じだね、と笑って言った。

　予定は何もなかった。二人は目にした移動販売のクレープ屋に立ち寄った。各々が好きな物を注文した。
　ふんわりと甘い香りのするクレープを持ち、近くのベンチで寄り添って座る。防風林の向こうに見える青い海を眺めながらフレッシュな味を楽しんだ。
　柚春の口元にクリームが付いた。ワットは片頬に手を当てて振り向かせると口に含んだ。
「綺麗になったよ」
「……ありがとう」
　初々しい笑みを浮かべる。数秒と経たず、柚春の唇にクリームが付いた。
　横目で見たウォルターは楽しそうに笑うと、困った子猫ちゃんだねぇ、と甘い囁きで唇を重ねた。
　吹き付ける潮風が少し冷たいものの熱い二人はものともしなかった。
　その後も心が欲するままに行動した。レンガ造りの店舗で熱々のピッツァを食べた。冷えたビールを飲んで二人は少し陽気になった。
　上機嫌で外に出るとショッピングモールで買い物を楽しんだ。お揃いのピアスを買って、早速、耳に付けた。
　夕陽を背にした柚春がくるりと回って言った。
「似合っているかな」
「ぴったりだよぉ。僕はどうだろう」
「若々しくなった感じ。いつまでも素敵なままでいてね。ウォルター先生」
「なんか、恥ずかしいねぇ。本当に昔に戻ったみたいだ」
　夕陽のせいなのか。ウォルターの頬がほんのりと赤く染まる。柚春は笑顔で腕を絡めて、ウォルター先生、とからかうように口にした。

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