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もうひとつの卒業、桜色のにゃあ
桜色の思い出たち・６
「夏朝ちゃーん、夏夜ちゃーん、瑠樹くーん、ハルくーん、はやくはやくー！ 日が沈んじゃう！」
日中こそ温かくなってきた三月の風も、夕空のころになると唐突に冷えてくる。
入学したの頃に比べたら各段に長くなった髪を海風になびかせて、ののこは江ノ島の南に突き出したエノコロ岬の丘を先頭切ってのぼってゆく。
二時間ほどねこカフェでまったりしたあと、まだ別れがたかった夏朝たちは誰からともなくエノコロ岬へと足を延ばそう、という話になった。エノコロ岬には海を一望できる高台がある。その高台に『猫恋の鐘』というデートスポットが出来たのはわりと最近、夏朝が寝子高に入学してからの話だ。口コミとは恐ろしいもので、『猫恋の鐘』のおかげでわずか数年でエノコロ岬は恋人たちの聖地となった。今では島外や、ときには海外からの観光客もわざわざ立ち寄るほどである。
そもそもこの場所には、『昔々』からはじまる言い伝えがあった。曰く――エノコロ岬には五つの頭を持つ猫がいた。五頭の猫は悪さばかりする猫だったが、そこへ天女が現れた。猫は天女に恋をしてしまい、改心の末に結ばれたのだという。
五つの頭をもつ猫――奇しくも今日は五人である。
「鐘を一緒に鳴らして綺麗な音を奏でれば、永遠の祝福がもたらされるんだってね」
高台への坂道は少々きつい。夏朝はわずかに息を切らしながら、先行くののこの背中を追う。
ハルくんと瑠樹がそれに続く。
「五頭の猫神様の御利益なのかにゃ」
「猫神様って頭が五つもあるの？ 頭がいっぱいあるってどんな感じかなぁ？」
丘を登ってゆくと、南京錠が鈴なりになった柵があった。自分と片思いの相手のイニシャルを書いた錠を祈りを込めて柵にかければ、猫神様が相手に気持ちを届けてくれるのだそうだ。相手がいなくて出会いを求める場合は、自分のイニシャルと猫の絵を描くことで、良縁を呼んでくれるともいう。
重たそうに鈴なりになる南京錠のひとつひとつが誰かの想いや願いの結晶かと思うと、ここにはなんて多くの人の想いが集っていることかと感嘆せずにはいられない。
「今も昔も、恋愛の成就や良縁を願う人の心は変わらないんだろうね」
しんがりをゆく夏夜は、夕日に輝く南京錠を見遣りながら足を急がせた。
――カラン、コロン。
澄んだ鐘の音が、暮れなずむ海に鳴り響いている。
猫恋の鐘がある高台は、太陽が水平線に沈む瞬間を見ようという人たちでそれなりに混んでいた。カップルもいるが、同じくらい友人同士や家族同士な人たちもいる。グループごとに譲り合って順番に鐘を鳴らしている様子は、至って平和だ。
ひとつ前の組は大家族さんで、わいわいと楽しそうに鳴らしていた。
なんだかいいなあと思う。いつか父や母や家族みんなでここに来るのもいいかもしれない。
彼らのあと自分たちに順番が回ってくると、ののこが率先して鐘の紐を持った。
「ほら、紐持って。みんなで鳴らそう？」
「ののこちゃんは何かお願いごと、あるの？」
夏朝は恋愛的なお願い事があるのか、という意味で聞いたのだが。
ののこはニカッと笑っていったのだ。
「この鐘をいっしょに鳴らした人と、ずーっと仲良くいられるんでしょう？」
夏朝は、夏夜と、ハルくんと、瑠樹と、顔を見合わせる。
その勘違いは……なんだかいい。
ののこのことだから深く考えてなんていないだろう。
素直に、なにも考えずに、ここで一緒に鐘を鳴らそうと思ったに違いない。
それってすごく、嬉しいことではないか。
「鳴らそう、五人で」
夏夜はくすっと笑って、ののこの上で紐をもつ。
「ハルくんも、みんなとずーっと仲良しでいたいにゃ」
「オレも！ またこの五人で遊びたいし、仲良しでいたいよぉ」
ハルくんと瑠樹は、ののこの下のあたりで紐をぎゅっと握る。
「僕も、ののこちゃんやみんなと仲良しでいたい。……僕らが寝子高を卒業しても」
夏朝はののこの手を包み込むようにして紐を握った。
「僕たちは、ののこちゃんのこともなにもかも、忘れなくて、覚えていて、確実に残る……そう信じたい」
卒業したら自分がどうなるかとか世界がどうなるかなんて頭の片隅にもないだろうののこは、きょとんとして首をかしげたが、三月に入ってからいろんなことを考えてきた夏夜とハルくんと瑠樹は、夏朝の願いに深くうなずいた。
「よくわかんないけど」
ののこのあほ毛がぴょこんと揺れる。
「私たち、ずーっと仲良しでいようね！」
――カラン、コロン、カラン、コロン、カラン！
五人の手によって鳴らされた鐘の音が、軽やかに金色の空へと響いてゆく。
太陽が沈んでゆく。
海の色が変わってゆく。
変化しないものはない。
……そうだとしても。
夜がきて、また朝がきて。
季節が春から夏へと変わったとしても。
「――永遠の祝福を！」
「夏朝ちゃーん、夏夜ちゃーん、瑠樹くーん、ハルくーん、はやくはやくー！ 日が沈んじゃう！」
日中こそ温かくなってきた三月の風も、夕空のころになると唐突に冷えてくる。
入学したの頃に比べたら各段に長くなった髪を海風になびかせて、ののこは江ノ島の南に突き出したエノコロ岬の丘を先頭切ってのぼってゆく。
二時間ほどねこカフェでまったりしたあと、まだ別れがたかった夏朝たちは誰からともなくエノコロ岬へと足を延ばそう、という話になった。エノコロ岬には海を一望できる高台がある。その高台に『猫恋の鐘』というデートスポットが出来たのはわりと最近、夏朝が寝子高に入学してからの話だ。口コミとは恐ろしいもので、『猫恋の鐘』のおかげでわずか数年でエノコロ岬は恋人たちの聖地となった。今では島外や、ときには海外からの観光客もわざわざ立ち寄るほどである。
そもそもこの場所には、『昔々』からはじまる言い伝えがあった。曰く――エノコロ岬には五つの頭を持つ猫がいた。五頭の猫は悪さばかりする猫だったが、そこへ天女が現れた。猫は天女に恋をしてしまい、改心の末に結ばれたのだという。
五つの頭をもつ猫――奇しくも今日は五人である。
「鐘を一緒に鳴らして綺麗な音を奏でれば、永遠の祝福がもたらされるんだってね」
高台への坂道は少々きつい。夏朝はわずかに息を切らしながら、先行くののこの背中を追う。
ハルくんと瑠樹がそれに続く。
「五頭の猫神様の御利益なのかにゃ」
「猫神様って頭が五つもあるの？ 頭がいっぱいあるってどんな感じかなぁ？」
丘を登ってゆくと、南京錠が鈴なりになった柵があった。自分と片思いの相手のイニシャルを書いた錠を祈りを込めて柵にかければ、猫神様が相手に気持ちを届けてくれるのだそうだ。相手がいなくて出会いを求める場合は、自分のイニシャルと猫の絵を描くことで、良縁を呼んでくれるともいう。
重たそうに鈴なりになる南京錠のひとつひとつが誰かの想いや願いの結晶かと思うと、ここにはなんて多くの人の想いが集っていることかと感嘆せずにはいられない。
「今も昔も、恋愛の成就や良縁を願う人の心は変わらないんだろうね」
しんがりをゆく夏夜は、夕日に輝く南京錠を見遣りながら足を急がせた。
――カラン、コロン。
澄んだ鐘の音が、暮れなずむ海に鳴り響いている。
猫恋の鐘がある高台は、太陽が水平線に沈む瞬間を見ようという人たちでそれなりに混んでいた。カップルもいるが、同じくらい友人同士や家族同士な人たちもいる。グループごとに譲り合って順番に鐘を鳴らしている様子は、至って平和だ。
ひとつ前の組は大家族さんで、わいわいと楽しそうに鳴らしていた。
なんだかいいなあと思う。いつか父や母や家族みんなでここに来るのもいいかもしれない。
彼らのあと自分たちに順番が回ってくると、ののこが率先して鐘の紐を持った。
「ほら、紐持って。みんなで鳴らそう？」
「ののこちゃんは何かお願いごと、あるの？」
夏朝は恋愛的なお願い事があるのか、という意味で聞いたのだが。
ののこはニカッと笑っていったのだ。
「この鐘をいっしょに鳴らした人と、ずーっと仲良くいられるんでしょう？」
夏朝は、夏夜と、ハルくんと、瑠樹と、顔を見合わせる。
その勘違いは……なんだかいい。
ののこのことだから深く考えてなんていないだろう。
素直に、なにも考えずに、ここで一緒に鐘を鳴らそうと思ったに違いない。
それってすごく、嬉しいことではないか。
「鳴らそう、五人で」
夏夜はくすっと笑って、ののこの上で紐をもつ。
「ハルくんも、みんなとずーっと仲良しでいたいにゃ」
「オレも！ またこの五人で遊びたいし、仲良しでいたいよぉ」
ハルくんと瑠樹は、ののこの下のあたりで紐をぎゅっと握る。
「僕も、ののこちゃんやみんなと仲良しでいたい。……僕らが寝子高を卒業しても」
夏朝はののこの手を包み込むようにして紐を握った。
「僕たちは、ののこちゃんのこともなにもかも、忘れなくて、覚えていて、確実に残る……そう信じたい」
卒業したら自分がどうなるかとか世界がどうなるかなんて頭の片隅にもないだろうののこは、きょとんとして首をかしげたが、三月に入ってからいろんなことを考えてきた夏夜とハルくんと瑠樹は、夏朝の願いに深くうなずいた。
「よくわかんないけど」
ののこのあほ毛がぴょこんと揺れる。
「私たち、ずーっと仲良しでいようね！」
――カラン、コロン、カラン、コロン、カラン！
五人の手によって鳴らされた鐘の音が、軽やかに金色の空へと響いてゆく。
太陽が沈んでゆく。
海の色が変わってゆく。
変化しないものはない。
……そうだとしても。
夜がきて、また朝がきて。
季節が春から夏へと変わったとしても。
「――永遠の祝福を！」
シナリオ
シナリオデータ
シナリオスケジュール
- シナリオガイド公開日
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- 2024年11月04日
- 参加申し込みの期限
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- 2024年11月11日 11時00分
- アクション投稿の期限
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- 2024年11月11日 11時00分
