もうひとつの卒業、桜色のにゃあ｜リアクション

もうひとつの卒業、桜色のにゃあ

　桜色の思い出たち・４

　同じころ。
　曖浜瑠樹は憂いなく歩いている。
　とくに用事があるわけでもない。行きたいところがあるわけでもない。
　なんとなく、歩きたいから歩く。そんなのんびりとした気楽なお散歩だ。
　両腕で抱きかかえているのは、真っ白でふわふわなウサギのぬいぐるみのラピちゃん。
　ラピちゃんのお耳も、瑠樹の歩みに合わせてのんびりとぴょこぴょこ動いている。
　小学校の近くの公園に行ったけれど今日は誰も遊んでいない。だったら、と瑠樹はシーサイドタウンの方へ足を延ばすことにする。てくてくてくと歩いていくと、ちょうど寝子高の下校時間に当たっていたのか、寝子高の方から下って来る黒地に赤襟の制服のお兄さんお姉さんたちの流れに行き当たった。
　三月。
　彼らの足どりは、冬の頃より軽やかだ。
　部活の先輩に渡す花、いつ買いに行く？　なんて声も聞こえてくる。
　それで、ああ、と思いあたり、瑠樹はラピちゃんに話しかけた。
「寝子高、そろそろ卒業式かぁ」
　小学校や中学校の卒業式よりすこし早く、高校の卒業式があるのだ。就職や進学で島外に出る人も多いから、島の中がなんとなくお別れムードになるのを瑠樹も毎年感じてきた。
「お兄さんお姉さん達も卒業するんだねぇ」
　お花屋さんの前で立ち止まる制服の後姿を、瑠樹はなんとなく寂しい思いで見た。
「……ののこお姉さんも帰っちゃうのかなぁ」
　知らず、ラピちゃんをぎゅっと抱く。
（オレのろっこんは……色々お世話になったけど、使えなくても困らないからねぇ）
　瑠樹がろっこんを自覚したのはいつだっただろう。ゆるゆるしたキャラクターや縫いぐるみに和むと、周囲まで和ませてしまうその力は、いまもほんのりと発動中。眉間にしわをよせて疲れた顔で歩いている人も、瑠樹とすれ違うとほんわか温かい笑みに変わったりしている。
（オレの中の神魂、ののこお姉さんの所に帰るんだったらお姉さんによろしくなぁ、彼女を助けてあげてなぁ）
　祈ったそのとき、目の前をふいに、桜色した猫が横切った。
「え？」
　あまりに可愛い、桜色の毛並み。
　そんな猫が自然界に存在しうるかなんて考える間もなく、瑠樹ははわわんと溶けてしまう。
「わわわぁ、桜色のにゃんこだぁ。かわいいねぇ！」
　瑠樹の声が聞こえているのかいないのか、桜色の猫はすまし顔で歩いていく。
　まてまて、と、瑠樹は小走りに追いかけて――、

　――立ち止まったのはキャットロードの中のとあるお店のショーウィンドウの前。
　桜色の猫はぴたりとそこで動かなくなり、じいっと中を覗き込んでいる。
「何かあるのかなぁ？」
　小首をかしげて近づいてゆくと、その手前で見覚えのある橙色の猫耳パーカーの少年と出くわした。
「あれぇ、ハルくん？」
「りゅーき！　りゅーきにゃーっ！」
　ハルくんはお口をぱっかり開けて、久しぶりの知り合いとの出会いに破顔する。
　そこにまた別の、二つの足音が駆けてくる。
「……こっちの方に、来たと思ったんだけど。おはぎに似た子」
「夏夜ちゃん、あそこ。お店のショーウィンドウの前」
　桜色の猫を指差している二人の少女は。
「夏朝お姉さん、夏夜お姉さん！」
　瑠樹の呼び声に、お肌つるつるの夏朝と夏夜は目をぱちくりさせた。
　星幽塔から戻ってきたら、自分たちを導くように現れた桜色の猫。その後ろ姿がなんとなくおはぎを彷彿とさせて、思わず追ってきてしまったのだ。そうしたら瑠樹とハルくんに出会うなんて。
「お姉さんたちどうしてここに？」
「よく知ってる子にそっくりな猫を見かけて、追いかけてきたの」
　と、夏朝は膝を折り曲げ、瑠樹と目線の高さをあわせる。
「そんなわけないって僕は言ったんだけど。おはぎは黒、見かけた猫は桜色。まるで違うよ」
　夏夜は夏朝のうしろで呆れ気味だ。
「そうなんだけど気配ってあるじゃない。後ろ姿のかんじとか歩き方とか、そっくりだった……でも……この子は違うね。さっきの子よりしゅっとしてる……別の子？」
　こんな色の子がそうそういるものかな、と首をかしげる夏朝をよそに、桜色の猫はショーウインドウの前で微動だにせず窓を見つめ続けている。
　瑠樹はそうだった、この猫を追いかけてきたんだった、と思い出す。
「何を見ているんだろうねぇ」
「マタタビでもあるのかにゃあ？」
　瑠樹もハルくんも首をひねる。
　それほどに桜色の猫は窓を夢中で見つめていた。
「いったい何が……」
「空を流れる雲が映っているのが面白い、とか？」
　興味を引かれた四人は、猫の背中越しにショーウィンドウを覗いてみた。
　そして驚愕した。そこに映っていたものは――、

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もうひとつの卒業、桜色のにゃあ

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