もうひとつの卒業、桜色のにゃあ｜リアクション

もうひとつの卒業、桜色のにゃあ

私が水着に着替えたら・１

　とある春の日のこと。
「ふふ。きもちいいですか？　ラクチンですか？」
　ふわわ～。猫ちゃん、大あくび。うとうとしてぽよん、ふにょんと巫部紫苑のお胸に顔をうずめました。
　小腹がすいて、おやつを買いに出かけた午後。その道行きに出会った桜色の不思議なにゃんこが紫苑を見るなり、にゃあふにゃあ！　しきりに鳴いて甘えてくるもので、思わずひょいと抱き上げました。
「よしよし♪　今日はずうっと気になっていたお店の、いちご大福をいただくつもりなんです。せっかくですから、猫ちゃんにもなにかおやつを買ってあげましょうか」
　ごきげんな桜猫ちゃん、のんびりにゃあおと声をもらして同意。紫苑の腕から出てゆく気配もなく、すっかりおくつろぎであります。今日はこのままひとりといっぴき、ついでに春物のお洋服なんかも眺めてウィンドウショッピングを楽しみましょうか。なんて、ゆったりまったりなお散歩となりそうです。
　と思っていたら、うにゃん？
「あら？」
　ふと、ビルの壁一面にででんと張り出されている、大きな看板が目につきました。

「これは……私？」
　セクシー水着姿の紫苑が、ででん。どどん！　巨大な広告となって道行く人々に笑顔を振りまいているではありませんか。
　はて、と紫苑は怪訝そうに目をぱちくり。いったいいつ自分は、モデルかグラドルなどとしてデビューをしていたのでしょうか？　こんな写真を撮られた覚えもありません。
「ふむ。悪い気はしませんね」
　ただ、そんな自分の姿を見上げてほわあと口をあけたり、男の子はなんとなく赤面したり女の子は羨望のまなざしで見つめたり……そんなのはなんだか、イイかも。楽しいかも。そんなふうにも思ってしまいます。
「あ、あの！　すみません、あのポスターの方ですよね？」
「モデルさんですか？　その、す、す、素敵です！」
「あら、ありがとうございます。はい、どうやらそのようですね～」
　などと、突発的なことながらにすんなりキッチリ応対するあたり、紫苑には芸能人として売り出すに足る素質があるかもしれません。にっこり♪
「お名前、なんていうんですか？」
「どこの事務所の所属ですか？」
「スリーサイズ教えてください！！」
「今日の下着の色は？　げへへへ」
　おおっと、なにやら雲行きがアヤシくなってまいりましたよ。
「何歳ですか？」
「どこ出身？」
「恋人はいますか？」
「おれとかどうですか？」
「いやおれが！」
「いいえわたしが！」
「いやいや僕がッ！！」
「えーっと……」
　ぐいぐいぐい。あっという間にひとだかりができて、紫苑はみずからの艶姿を掲げる看板を背に、追い詰められてしまいました。モテモテなのはいいですけれど、ちょっとモテすぎです。
　うにゃ～～～！　不機嫌そうな猫の声がひびくと、瞬間。不思議なことが起こりました。
「あら。なんでしょうか」
　ぱあっとまばゆいかがやきに振り返ると、紫苑の巨大看板がぴかぴかぴっかり、光っているではありませんか。
　にゃっ、にゃっ！
「まあ、ここに飛びこむんですか？　ほんとうに？」
　にゃお！　腕の中のにゃんこの言うことがなぜだかほんのり、分かるような気がして。こくり、紫苑はうなずきます。
　そうしてまよわず、
「えいっ☆」
　紫苑は光に向かって、ジャンプ！

　ぱしゃりと水音が耳をくすぐり、差し込むまぶしい陽光に紫苑は手のひらをかざして目を細めます。
「……あら。素敵」
　星ヶ丘の住宅地にありそうな、豪邸でした。白亜の城めいた邸宅に、海を臨む大きな庭。広いプール！　そのプールサイドに据えられたデッキチェアに、紫苑はゆったり。いつのまにやら寝そべっておりました。ゴージャスでセレブリティな、どこかの芸能人が別荘として使っていそうな、そんなイメージのお屋敷に、紫苑はなぜだかいるのでした。
「あ、猫ちゃん」
　ふにゃ～お。隣のチェアでくるりと丸くなってくつろいでいるのは、桜猫。流れから察するに、この猫ちゃんが連れてきてくれたのでしょうか？
「いいところですね♪　静かで、風がやさしくて……」
「失礼いたします、お嬢さま。お飲み物をお持ちしました」
「わあ、ありがとうございます。ふふ、いたれりつくせりですね」
　なんとメイドさんのおもてなし付き。
　うにゃ、うにゃん！　突然のバカンスに、紫苑はおどろくでも慌てるでもなく、いつもどおりに、に～っこり。せっかくの機会ですから、楽しまなくっちゃソン！　なってワケでして。

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