もうひとつの卒業、桜色のにゃあ｜リアクション

もうひとつの卒業、桜色のにゃあ

妖×祓い屋桜色のみちびき編・４

「さあて、お仕事といきますか」
　白墨が４つ、いや５つ、流星もかくやと尾を引いて飛翔する。白墨は大蛇の頭にハリボテめいて穴を開けたが応えた様子はない。それはそうだ、そんなにも強力なあやかしならばそもそも、人に憑く必要もないだろう。
　ゆえに巨体は、まやかしだ。
「頼んだよお、七瀬」
「はい！」
　ウォルターは手練れだが万能ではないがゆえに、七瀬がいる。
　ふところから取り出した本はいつからか幽世をさまよううち持ち歩いていたものだ。ページを繰ると、浮かぶ文字が彼の力となる。
「"斬"！！」
　文字そのものが実体化し、回転しつつ飛ぶと蛇どもを両断する。
「"燃"！！」
　文字はまたたく間に炎を吹き上げ、燃え広がり蛇どもを焼き尽くしてゆく。家々へ燃え移ることを心配する必要はなかった。炎は七瀬なりの手向けでもあった。
「こういう手合いは、正体を隠すもの。まあだいたい見当はつくけどねえ」
　そう言ってウォルターは拳銃を抜き放つ。七瀬は良く知らないが、込められた銃弾はきっとあやかしを穿つのに十分な特別製だろう。
　しかし敵はまやかしに長けている。事実数発放った弾丸は、姿を現した村長の眼孔なり胸なりと貫いたが、倒れるそぶりはなかった。
　蛇の奔流から身をかわしつつ立て続けに白墨を投げ当てながら、ウォルターがちらと七瀬を見やり、七瀬は、こくりとうなずいた。
「そろそろ、眠ってください。……"顕"！！」
　文字はたちどころにかがやき、蛇神の見せる歪な現実を晴らしてゆく。
　村長の眼窩からするりと顔をのぞかせた、一匹のちっぽけな白蛇を目がけ、ウォルターは冷ややかに銃口を定めて告げた。
「……悪いねえ。蛇はきらいなんだ」

　払いの悪い依頼人から報酬をもぎとり、団子でも食べようかと茶屋へ向かっていた時のことだ。
「……？　また、猫の声？」
　先をゆくウォルターの耳には届かないようだ。
　ふと通りがかりの長屋の開け放たれた障子の向こうへ目をやれば、不思議なものがそこにはあった。
「猫と……僕と、ウォルターさん？」

　奇妙な像が枠に映りこみ、まるでこちらとあちらは時をへだてた別世界であるかのようだ。
　たたずむ桜色の猫は、あやかしだろうか。悪いものではないように思える。先ほどから七瀬を呼んでいたのだろうか。
　そのかたわらにはウォルターがおり、見たことのない唐物の着物に袖を通している。そればかりか、
「僕は……ニンゲンなのか」
　あちらの七瀬もまた洋装をしていたが、足があり、彼と並び立っていた。
　言わずもがな、彼は人間だ。七瀬は違う。自分もまた人間であったなら、この先もきっと、ウォルターの隣を歩んでゆけるだろう。そうと望むも、きっと叶わないことだと痛いほど知っている。
「あっちの僕は……それができるんですね。少し、うらやましい」
　じっと見入っていると、像の中のふたりは笑い合い、ゆったりとした足取りで歩み去っていった。桜猫がひとつ、にゃあと遠く鳴き声を上げると、像はゆらぎ消えていった。
「おーい。どうしたんだい、七瀬？　置いていっちゃうよお」
「あ、はい。今いきます！」
　違うモノ同士がともに歩むことは難しい。いつかは離れてしまうだろう。そういうものだろう。
　しかし、その時までは、どうか。あなたのそばに。
「お団子食べたら、次のお仕事ですね。もちろんおともしますとも！」
「ははは、頼もしいねえ」
　この道の続く限り、どこへでも。いつまでも。そう願う。