もうひとつの卒業、桜色のにゃあ｜リアクション

もうひとつの卒業、桜色のにゃあ

　三度目の鐘をあなたと・３

　猫恋の鐘のある丘にたどり着く。
　海風が心地よく吹き抜けていた。
　前に鐘を鳴らしたカップルは入れ違いに丘をくだってゆき、タイミングよく二人きりだ。
　柚春は鐘の紐を掴み、ウォルターも同じ紐を持った。
　目の前にはゆるくカーブを描いた水平線。見渡す限り、海と空しか見えない。
「ねえ。なんだか今この瞬間、世界に僕たちしかいないみたいだね」
「柚春は面白いことをいうね」
「僕ら、まだ恋人じゃない……んだよね」
「……そうだね」
「先生と生徒だから……だよね」
「そうだねぇ」
「ねえ、もし、もしもだよ？」
「うん？」
「この世界に僕とワット、二人きりしかいないとしたら。……学校なんて存在しなくて、先生とか生徒とかもない世界だったら……恋人としてこの鐘を鳴らしてくれる？」
　それまでどこか冗談めかしていた柚春だったけれど。
　彼女の瞳は真剣だった。
　青い海を、青い空を、青い瞳をうつして、潤んでいた。
　ウォルターはしばらく柚春を見つめて、それからそっと紐を持った手を離しそうになった。
「待って、お願い！　三度目の正直！　ワットと恋人として鐘を鳴らしたいの！」
「恋人として鐘を鳴らしたい？」
「そう！　だって僕ら、お互いに想いあっているって信じていいんだよね。僕らの間にあるのは先生と生徒っていう壁だけなんでしょ？　だったら架空の世界に行ったつもりで、今だけ正式な恋人になって」
　ウォルターはまたしばらく柚春を見つめていた。
　灰色の脳細胞をきゅるきゅると大忙しで働かせているような、そんな目をして。
　そして言った。
「まだ、だめ」
　だめ、と言いながら、ウォルターは柚春の腰を引き寄せ、紐を握る。
（――どっち！？）
　行為と言葉のギャップに柚春は混乱した。
　ウォルターは微笑む。

「恋人として鐘を鳴らすのはまだおあずけだよぉ。
願いってのは叶っちゃったらそこでおしまい。
でも叶わなければ、四度目、五度目があるかもしれないでしょ？」

　そういう言い方はずるい、と思うのに。
　腰に回された手の存在があまりに甘く感じられて、つい、頬が緩んでしまう。
　ほんとうに自分は、この人にどうしようもなくお熱なのだ。
「言ったね。四度目五度目といわず、十度目百度目、覚悟しといてよね」
　軽やかに鐘が鳴る。
　綺麗な音色だ。
　一緒に鳴らした二人に永遠の祝福がもたらされるというこの鐘を、もう三度も鳴らしたのだから、永遠の祝福は三倍になってもたらされてくれなくちゃ、と思うのは強欲だろうか。
「ワットの腰が曲がってよぼよぼのおじいちゃんになっても容赦しないんだから！」
　柚春はべーっと舌を出し、ウォルターを置いて、走って丘をくだる。
（おあずけ、ってことは、いつかは恋人の称号をくれるつもりがあるって、そう考えちゃうんだからね！？）

　そのためには、あと一年、学生の身分を耐えなければいけない。
　長いだろうけど、長くはない。
　いつか、を思えば。