マイ・フェイバリット｜リアクション

マイ・フェイバリット

●僕たちのお気に入りの香り

　今日は映画デートの日。
　稲積柚春は、ウォルター・Bと買い物をするお店に歩きながら見た映画の話をしていた。
「原作はネット小説だったけど、恋愛一辺倒でもよくある病気で悲恋でもなく、爽やかだけどチクリとするようないろんな愛のお話だったね」
「そうだねぇ」
「ワットにはつまらなくなかったかな？」
　映画にはいろんな愛のかたちがあったので、ウォルターが混乱しているのではないか。
　それでつまんないと思っているかも、と柚春は心配しているようだ。
「つまらなくはなかったよ。いろんな愛があって、面白いと思ったねぇ。恋愛感情は人それぞれだし」
　そういう恋愛も面白いものだよ、といった感想を言うウォルター。
　それを聞き、あの映画を選んで良かったと柚春は胸を撫でおろす。
　そんなことを話しているうちに、お目当てのお店の前に着いた。

　二人が買い物に来たのは、柚春お気に入りのお店。
　アロマオイルをブレンドしたり、バスボムや化粧品を手作りするのが好きな柚春はここで材料を買っている。
　手作りバスボムやブレンドに使うアロマが少なくなってきたので、映画デートの後にこの店に立ち寄り材料を買い足そうということになっていた。
「僕はやっぱり、ヒロインの心情が変わっていく様子をバスボムにしたいからいろいろ作りたいな」
　そう言って、柚春はいくつかの材料を吟味する。
「美術館やライブステージだとたまにあるけど、やっぱり映画は香りがなくて物足りない。その分、色々イメージができて楽しいけどね」
「柚春は音や映像より、香りが楽しめるほうなんだねぇ」
　商品をじっくり見ながら香りを楽しみ、どれにしようか真剣に考える柚春を見てウォルターは「いろんな香りが好きなんだねぇ」と微笑む。

　気に入ったものをいくつか購入した後、柚春はウォルターの好きな香りを見繕う。
「ワットはレモンが好きだったよね。レモンの香りといっても、レモンそのものもあればレモン風の香りもあるし、合わせると雰囲気が変わるから楽しいよね」
　同じ香りでも、その人の体温や体臭で唯一無二に変わる。香水のように。
「香水は時間で香りが変化するらしいね。トップノート……とか言うんだっけ？」
「それは最初に広がる香りのことだね。中盤に広がる香りをミドルノート、最後まで残る香りをラストノートって言うんだよ」
　ワットが香水のことを知っていたなんてと柚春は感心した。
「僕はワットの香りも好きだよ。ワットが好きなレモンの香りも好きだけど……」
　アロマオイルや紅茶のブレンド、バスボムや化粧品を手作りしている柚春は元々、本や映画の内容に合わせたイメージの香りを作ることが多い。
　その中でも特に多いのは、ウォルターが好きなレモンの香りを使ったアレンジだった。
　彼の気に入った本や映画を知れると、その作品の感想を共有する際に振る舞ったりもすることができるからだろうか。
「最近、会うたびに柚春からレモンの香りがしていたのはそういった作品を作っていたからなのかな？　柚春もレモンの香りが好きなのかと思っていたよ」
「さっきも言ったけど、レモンの香りもだけど、ワットの香りが好きなんだからね」
　意地悪、と少しむくれる柚春に「ごめんねぇ」と謝り、彼女の頭を撫でる。可愛いと思いながら。

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