ハレよ、風吹け　～ぼくらが幸せでありますように～｜リアクション

ハレよ、風吹け　～ぼくらが幸せでありますように～

　何気ない一日、８つの煉獄

「さて、今日も始めましょうかぁ」
　雪寄愛唯は声優だ。主役級ではないものの、いくつかの作品で脇役を務めたこともある。少女らしさの中に、彼女本来の穏やかさや落ち着きが感じられるとファンからは定評があり、元気いっぱいな役よりその隣にいる宥め役のような役どころを得意としている。
　そんな彼女が、ほかの声優たちと違わず、活動の二本目の軸として力を入れているのが『配信』だ。
　今日は収録もワークショップもない日。
　愛唯は自宅にいて、紅茶を淹れてからパソコンの前に座り、配信開始のボタンをクリックする。
「こんにちはぁ」
　あいさつをすると視聴者数のカウントが、ひとつ、またひとつと回り始める。平日昼間の午後、という時間帯にも関わらず、生放送を見てくれる人は少なからずいるものだと感謝する。

「はいじゃあゲーム実況しますよぉ。今日は８つの煉獄の続きですね」

　『８つの煉獄』は昔懐かし横スクロールのアクションゲームだ。もともとアクションゲームはそんなに得意な方ではなく、近ごろのアクションゲームはちょっぴり難しいと感じてしまうので、このくらいがちょうど――
「ああっ！」
　――ちょうどよくもなかったようだ。
「こんな変なところで穴に落ちるとかなんでですヵぁ！？」
　神プレイを売りにしているわけではないので、失敗もスパイス。なにより愛唯の絶叫は視聴者にとってご褒美のようなものだ。「嘘だろ」とか「ｗｗｗｗｗ」などと、一気にコメントが増えてゆく。
「やだもう、恥ずかしいですね」
　などと呟いていると、慰めるようなコメントが流れてきた。
「『どんまい』『なんでみんなそこに吸い込まれるんだ』、ですか。よかった、私だけじゃないんですね」
　そのあとまた同じ場所で穴に落ちて、大絶叫。
　ＧＡＭＥ　ＯＶＥＲの画面が映りタイトル画面に遷移していく。
「あーん、今日はダメです。練習します！」
　『次こそ、穴乗り越えて！』『配信待ってる』『乙』などのコメントが流れる。
　顔は見えないけれど、どこかで私のドジを楽しんでくれている人がいると思うと愛唯の心はほっこりした。
「世間では春ですから、皆さんの環境も変わっていくとは思いますが、私はこうやってこのネットワークの世界にいるので、いつでも会いに来てくださいね」
　そうして愛唯は配信を終えた。
　窓の外は春らしい陽気。キラキラと花びらのようなものが舞っている。
　愛唯はぬるくなった紅茶を口に含みながら、世界のどこかにいる人たちに語りかけた。
「私はここにいます……いつまでもずっとね。プラットフォームが生きている間は。ずっと」