ハレよ、風吹け　～ぼくらが幸せでありますように～｜リアクション

ハレよ、風吹け　～ぼくらが幸せでありますように～

　フランスへ、世界へ

　寝子高卒業式当日に退学届けを出すという最後の仕事を終え、卒業式も同級生や後輩にエールを送っただけで中座した斉田珠喪の姿は、その日の午後、空港の国際線ターミナルの中にあった。
　珠喪が手にするチケットには、パリへの直行便の便名と時間が印字されている。
　渡航の目的は、フランスで開催される格ゲーの世界大会に参加するためだ。珠喪が所属するプロゲーマーチームは強豪ぞろい、世界各地で開かれた予選は難なく通過しパリ本戦へのエントリーを果たしていたのであった。
　高校をほぼ休学して世界で連戦を重ねてきた珠喪にとっては空港など慣れた場所。手荷物検査を終え搭乗口へと向かう間、チームの仲間との出会いに想いを馳せる余裕もある。
（昔、わらわがチームに加入したばかりの頃、チーム内で格ゲーの模擬戦をしたことがあったのう）
　しみじみと思い返す。あのとき珠喪の対戦相手は、チームのリーダー格でもあるエース人物であった。
（あれは明らかに新人いじめじゃった。カチンと来たわらわはついつい本気を出して完膚なきまでに叩き潰してしまってのう……それから、わらわはチーム内ではもっぱら『Crazy』呼ばわり）
　クレイジー。狂っている。
　不名誉と言えば不名誉な称号だ。
　だが、そう言わしめるほどえげつなく勝ってしまったのだから。
（ま、無理もないじゃろうな）
　今となってはそう思う。珠喪はその後チーム内で確固たる地位を得、今ではすっかりエース級の仲間入りしたのだから、『Crazy』呼びはある種の勲章のように思えなくもない。

　と、ポン、とチャイムが鳴り、珠喪が乗る便の搭乗案内が始まった。
　機体は駐機場の離れたところに停まっているらしく、いったんバスに乗り換えて飛行機までゆくようだ。
　荷物を持って外に出てバスの列に並んでいると、春風がふわりと鼻先を掠めた。
「……花びら？」
　瞬きをした刹那――

　煌めくライト。四方から見えるように設置されたモニター。
　会場中央に向かい合わせに設えられたマシンと、英語とフランス語交じりの華やかなＭＣ。
　ああ、これは大会当日――決勝戦だ。3on3の勝ち抜き方式で、状況は極めて不利。相手チームの一人目に、こちらの仲間が二人負けてしまうというピンチに陥っている。残るは珠喪一人、負けたら優勝を逃してしまう。
　緊張している？　いいや、相手を見据える瞳は語る。
　――こんな時だからこそ燃えるのがゲーマーと言う物よ。わらわが『Crazy』と呼ばれる所以、しかと刻み込んでやろう。

　……我に返ると、座席についてシートベルトを締めるようアナウンスがかかっており、飛行機はちょうど離陸するところだった。
　珠喪は離れ行く日本の街並みを見下ろしながら、不敵な笑みを浮かべる。
（待っておれ、『世界一』はわらわのものじゃ）