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- 学年：職業
- 00月00日生 00歳
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ハレよ、風吹け ～ぼくらが幸せでありますように～
もう一度夢を
維都月 茉菜が本土の病院で手術を受けるために寝子島を離れてから、もうずいぶんの時が過ぎた。
術後の経過は悪くはなかったが寝子島に戻る気になれなかったこともあり、退院してからは病院に通いやすい本土の地に父・維都月 怜と一緒に住んでいる。起業家である父との仲ははじめ良好とは言えなかったが、ぎくしゃくしながらも共に過ごすうち、すこしずつ話すようになった。語るのは主に茉菜の方から。寝子島にいた頃の思い出は断片的ではあったが、今では怜のなかでしっかりとしたイメージが描けるほどとなっている。
「茉菜。本当に良かったのかい、寝子高の卒業式は」
怜は茉菜の手を取って、今住んでいる家の庭へ出てきていた。
歩みはとてもゆっくりだ。茉菜の足は鎖でもつけたかのように重く、ゆっくりしか歩けないのだ。
「茉菜が話す寝子島はまるで楽園のように聞こえたものだよ。友達がいて、学園生活が送れて、それで不可思議な――……」
何であっただろうか。思い出せない。だがそのなにか不可思議なもののお陰で茉菜の体調が良くなっていた、という微かな感触が残っていて、怜はそっと娘の顔色を見る。手術は成功し快復に向かっていたはずだったのに、今日になって茉菜の調子は激変し、その顔色は見るからに悪かった。
「いいの、お父様。卒業式は行きたいけれど単位が足りてないし……それに……」
卒業式のその日に、まるで中に鉛を敷き詰めたように身体が重くなったことを、宿命のように感じている自分がいる。
（分かってたんだ、もう覚えていない――を失った瞬間に、私の身体もこうなるってことを）
だから、寝子島には戻れなかった。それに卒業式に倒れるなんて恥ずかしい真似をしたくもない。
「茉菜……」
余程ひどい顔をしているのだろう。
絶句している父に茉菜は、苦しみを見せないように微笑んでみせる。
「大丈夫だよ、お父様。まだ生きているから」
「だが……」
「大丈夫、本当に……っ」
突如、激しい咳き込みに襲われ、茉菜は体を丸くする。父は必死に茉菜の背をさすっている。
「……ありがとう、少し落ち着いた。大丈夫だから」
繰り返される『大丈夫』。
（私、ちょっとは進歩したよね。昔は普通に『お父様なんて家をほっぽり出した人でなし』って怒ってたもん。今はこの程度は言える）
ほんの少しの充足感を覚えて見上げた空は、突き抜けるような快晴だ。
その青の中、花びらが雪のように降ってきている。
ああそうだ。
窓から見たこの花びらに誘われて、無理を言って外に出てきたのだった。
茉菜は花びらに手を伸ばす。ゆっくりしか拾えないのがもどかしいが、それはそおっと茉菜の手に収まった。その途端、夢のような光景が見える――
茉菜は走っていた。パステルカラーの観覧車が回る遊園地だ。茉菜は友人たちと一緒で、元気いっぱい。はやく行こうよ、あっちも乗ろうよと、くるくるスカートを翻してみんなの先頭に立っている。手にはミント味のアイスクリーム。はしゃぎすぎてポトリと落してとってもがっかりしていると、友人たちが慰めてくれて……。
重たい足を引きずって、それでも触れる価値があると予感した通りだった。この光景の名は『幸福』だ。宝物のような過去もこれからの幸せも内包した未来だ……。
怜もまた、花びらを手に取る。
――「お買い物なんてできるの？」スーパーで、茉菜が上目遣いに聞いてくる。上物の牛肉が欲しいというと、スーパーには売ってないよと笑って……。
――「お父様もエプロンをして」。つけるのに手間取っていると茉菜は後ろに回って、エプロンの紐の端をリボン結びに結んでくれる。これから作るのは牛ヒレのステーキ。怜はこっそりと嬉しい。娘がこんなにしっかりしたお肉を食べられるくらい元気になるなんて……。
――茉菜と隣り合って座るソファ。なんでも話し合い、笑い合える。このひとときが、なによりも大切で幸せだ……。
「……綺麗だね、お父様。まるで、もう届かない夢みたいな時間の破片のよう」
気がつけば、側に茉菜がいた。その頬は涙で濡れている。花びらを拾ってはいるが、その仕草はとても静かで薄氷の上をそろそろと歩くかのように覚束ない。
「これを、失ってはならない……拾わなくては！」
怜は咄嗟にそう思った。身体が勝手に動く。
拾わなければ消えてしまう。絶対に失ってはいけないのだ、この『幸せな未来』を。
動けない娘の分まで拾おうとする怜の瞳からも、いつしか、涙が零れていた。
維都月 茉菜が本土の病院で手術を受けるために寝子島を離れてから、もうずいぶんの時が過ぎた。
術後の経過は悪くはなかったが寝子島に戻る気になれなかったこともあり、退院してからは病院に通いやすい本土の地に父・維都月 怜と一緒に住んでいる。起業家である父との仲ははじめ良好とは言えなかったが、ぎくしゃくしながらも共に過ごすうち、すこしずつ話すようになった。語るのは主に茉菜の方から。寝子島にいた頃の思い出は断片的ではあったが、今では怜のなかでしっかりとしたイメージが描けるほどとなっている。
「茉菜。本当に良かったのかい、寝子高の卒業式は」
怜は茉菜の手を取って、今住んでいる家の庭へ出てきていた。
歩みはとてもゆっくりだ。茉菜の足は鎖でもつけたかのように重く、ゆっくりしか歩けないのだ。
「茉菜が話す寝子島はまるで楽園のように聞こえたものだよ。友達がいて、学園生活が送れて、それで不可思議な――……」
何であっただろうか。思い出せない。だがそのなにか不可思議なもののお陰で茉菜の体調が良くなっていた、という微かな感触が残っていて、怜はそっと娘の顔色を見る。手術は成功し快復に向かっていたはずだったのに、今日になって茉菜の調子は激変し、その顔色は見るからに悪かった。
「いいの、お父様。卒業式は行きたいけれど単位が足りてないし……それに……」
卒業式のその日に、まるで中に鉛を敷き詰めたように身体が重くなったことを、宿命のように感じている自分がいる。
（分かってたんだ、もう覚えていない――を失った瞬間に、私の身体もこうなるってことを）
だから、寝子島には戻れなかった。それに卒業式に倒れるなんて恥ずかしい真似をしたくもない。
「茉菜……」
余程ひどい顔をしているのだろう。
絶句している父に茉菜は、苦しみを見せないように微笑んでみせる。
「大丈夫だよ、お父様。まだ生きているから」
「だが……」
「大丈夫、本当に……っ」
突如、激しい咳き込みに襲われ、茉菜は体を丸くする。父は必死に茉菜の背をさすっている。
「……ありがとう、少し落ち着いた。大丈夫だから」
繰り返される『大丈夫』。
（私、ちょっとは進歩したよね。昔は普通に『お父様なんて家をほっぽり出した人でなし』って怒ってたもん。今はこの程度は言える）
ほんの少しの充足感を覚えて見上げた空は、突き抜けるような快晴だ。
その青の中、花びらが雪のように降ってきている。
ああそうだ。
窓から見たこの花びらに誘われて、無理を言って外に出てきたのだった。
茉菜は花びらに手を伸ばす。ゆっくりしか拾えないのがもどかしいが、それはそおっと茉菜の手に収まった。その途端、夢のような光景が見える――
茉菜は走っていた。パステルカラーの観覧車が回る遊園地だ。茉菜は友人たちと一緒で、元気いっぱい。はやく行こうよ、あっちも乗ろうよと、くるくるスカートを翻してみんなの先頭に立っている。手にはミント味のアイスクリーム。はしゃぎすぎてポトリと落してとってもがっかりしていると、友人たちが慰めてくれて……。
重たい足を引きずって、それでも触れる価値があると予感した通りだった。この光景の名は『幸福』だ。宝物のような過去もこれからの幸せも内包した未来だ……。
怜もまた、花びらを手に取る。
――「お買い物なんてできるの？」スーパーで、茉菜が上目遣いに聞いてくる。上物の牛肉が欲しいというと、スーパーには売ってないよと笑って……。
――「お父様もエプロンをして」。つけるのに手間取っていると茉菜は後ろに回って、エプロンの紐の端をリボン結びに結んでくれる。これから作るのは牛ヒレのステーキ。怜はこっそりと嬉しい。娘がこんなにしっかりしたお肉を食べられるくらい元気になるなんて……。
――茉菜と隣り合って座るソファ。なんでも話し合い、笑い合える。このひとときが、なによりも大切で幸せだ……。
「……綺麗だね、お父様。まるで、もう届かない夢みたいな時間の破片のよう」
気がつけば、側に茉菜がいた。その頬は涙で濡れている。花びらを拾ってはいるが、その仕草はとても静かで薄氷の上をそろそろと歩くかのように覚束ない。
「これを、失ってはならない……拾わなくては！」
怜は咄嗟にそう思った。身体が勝手に動く。
拾わなければ消えてしまう。絶対に失ってはいけないのだ、この『幸せな未来』を。
動けない娘の分まで拾おうとする怜の瞳からも、いつしか、涙が零れていた。
シナリオ
シナリオデータ
シナリオスケジュール
- シナリオガイド公開日
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- 2024年08月04日
- 参加申し込みの期限
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- 2024年08月11日 11時00分
- アクション投稿の期限
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- 2024年08月11日 11時00分
