順調に下調べを終えて、花厳 望春は早速壁新聞の作成に取り掛かった。元よりご飯と納豆、卵くらいだから品目数も少なく、てこずる事もなくあっさりと栄養素を書き出してしまったし、まとめる文章もそれほどはない。
　だから周りの生徒達よりもいささか速めに、模造紙に向かい合った望春はけれどもすぐに、うーん、と頭を悩ませた。そんなに難しくはないからごはんの絵だって描けるけれども、ただそれだけで埋めるには、模造紙はちょっとばかり大きすぎる。
　なるべくぱっと見てわかるように、とレイアウトを色々考えはしたものの、どれもいまいちピンとこない。そうこうしているうちに考え疲れて、集中力もなくなってくる。

（みんな、どういう風に作ってるんだろ？）

　他の人のも参考に出来ればと、辺りを見回してみればちょうど、友人の椿 美咲紀が模造紙を広げて、同じく壁新聞に取り組むところだった。ちょうど良い、と席を立ち、美咲紀の方へと歩いていく。
　そうして彼女の手元を覗き込みながら、なぁ、と尋ねた。

「どんな感じで作ってんの？」
「私？　私はね……」

　そんな望春に美咲紀は、えっへん、と胸を張って机の上に置いたプリントや写真を、がさがさと引っ掻き回す。そうして引っ張り出したのは、宿題のプリントよりもさらに詳しくまとめたレポート用紙。
　壁新聞作りに燃えている美咲紀だから、もちろんそのための取材、もとい宿題も完璧だ。朝ごはんのメニューは焼きたてふわふわのバターロールに手作り苺ジャム、オレンジジュース。くりくりおめめ風目玉焼きやハムといんげんのソテーには、ポテトフライとプチトマトとブロッコリーが添えてある。
　作ったのは椿家のメイド。そうしてその材料は市販の品々と手作りのパン、そうして何より庭に作った家庭菜園区画で育てた、自慢のプチトマトとブロッコリー。
　元より植物が大好きだから、美味しく育ってくれた野菜達は、この朝食のメニューの中でも群を抜いて輝いて見える。あとは腕によりをかけて、この美味しさと素晴らしさを壁新聞としてみんなに伝えるだけだ。

「と、言うわけで。この資料を元に壁新聞を作るの」

　そう望春に説明して、美咲紀はまたえっへんと胸を張った。こんな事もあろうかと、朝ごはんもちゃぁんとデジカメで撮ってきたのです、と誇らしげな彼女に、へー、と望春も素直に感心する。
　そんな会話を聞くでもなく聞きながら、朝鳥 さゆる無言で1人、黙々と色鉛筆を動かしていた。彼女もまた要領よく朝食のメニューや、その栄養バランスがどんなものかざっくり調べ終え、簡単に文もしたため終えて、今は壁新聞のイラストをざっくりと描いている。
　結局色々考えた末に、さゆるがプリントに書いたのは、自分が作った朝ごはんについてだった。コンビニのものよりはまだ、授業の内容にも相応しいだろうし……後は何となく、そうしたくて。
　と言ってもやはり、大して書く内容もなかったのもあって、白沢先生に渡されたプリントはあっさり終わってしまった。何しろ作ったのは自分以外に居るはずもないし、メニューだってツナとトマトとレタスのサンドイッチに海藻サラダ、コーヒーといった単純なものだから、手もそれほどかかってない。
　だからただ黙々と、色鉛筆を時々持ち替えてはサンドイッチを描き、海草サラダに色を着ける。それなりに絵心のある方だと思っているから、それでもそっくりのイラストが出来上がっていくのが、また何と言うか。
　そんなさゆるとは離れた場所に居る、神野 美野梨はクラスメイト達を相手に、『理想の朝食』について語りながら、考察を重ねていた。

「パンとコメはどちらが朝食として理想的なのかしら？」
「うーん……？」

　美野梨の言葉に、恵御納 夏朝がこっくりと首を傾げ、高梨 彩葉と仲村渠 鳴が顔を見合わせる。だが返って来る答えを、期待していると言うよりは話しながら思考を整理する為に、美野梨は言葉を続けた。
　もちろん主食だけではそもそも、栄養バランスなんてお話にもならないから、副菜は必須だ。それに朝ごはんは時間が限られているから、手早く、効率よく栄養補給が出来る事、と言う項目は譲れない。
　だがそれらを加えたとしても、或いは加えるからこそ尚更に、カロリー、栄養バランス、消化時間などなど、それぞれの食事の利点と欠点を比較すべき項目は山のようにある。それに、朝ごはんを摂った場合と摂らなかった場合とで、身体能力や集中力の差はどの程度現れるのだろうか――？
　考えれば考えるほどに、朝ごはんに対する興味と疑問は尽きなかった。いつも何気なく、ただ空腹を満たし最低限のエネルギーを摂取する為だけに口にしている朝ごはんが、これほどに奥深いものだと一体、誰が想像しただろう。
　そう語る、美野梨の力説に聞いていた3人は、へー、と異口同音に感心した。そんな彼女達に美野梨は、ひょい、と首を傾げる。

「あなた達はどんな朝ごはんを書いてきたの？」
「え。私はクロワッサン、スクランブルエッグと焼いたベーコン、レタスときゅうりとトマトの簡単サラダ、ヨーグルト、オレンジジュース……かな」
「ん……僕はごはんと豆腐とわかめのお味噌汁と卵焼き、ほうれんそうのおひたし、焼き魚、たくあんだよ」
「あ、あたしはごはんとポーク卵と、ゆし豆腐の味噌汁と、野菜のチャンプルー。故郷でよく食べてたんだ。ほとんどお母さんが作ってたけど、あたしも時々手伝って」

　尋ねられた彩葉と夏朝、鳴が順番に、自分のプリントを読み上げた。それを、理想の朝食にはリサーチも大事、とふんふん頷いて聞いていた美野梨だったけれども、鳴のメニューを聞いて「ゆし豆腐？」と首を傾げる。
　え、と鳴もまた戸惑って、なぜ首を傾げられたのだろうと不安に思いながら「そう、だけど」と頷いた。ふぅん、と美野梨が反対側に首をかしげて「それは、沖縄の食材なのかしら？」と尋ねる。

「ゆし豆腐はゆし豆腐だけど……通じないの？　固まる前の柔らかい状態の豆腐のことだけど」
「そう。おぼろ豆腐みたいなものかしら」
「おぼろ豆腐……っていうの？」
「あれ？　じゃあ仲村渠ちゃん、ポーク卵っていうのも、豚肉と卵を炒めたのじゃないの？」
「え、違うよ。ポーク卵は、普通にポークと卵焼き。――缶詰のポークランチョンミート、って言えばいいのかな、この辺で売ってないの？」

　2人の会話に彩葉もまた、興味を覚えて「はいはいはい」と手を上げながら鳴に質問をした。そうして説明されたランチョンミートは、言われてみれば大き目のスーパーなどで見かけるようになった気がするけれども、ポーク、と言う名前ではなかなか浸透していない。
　そうなんだ、と鳴もまた彩葉と美野梨の言葉に、自分がずいぶんと故郷から遠く離れた場所に居るのだと奇妙な実感を覚えた。もう1人暮らしを始めて3ヶ月近くにもなるのにおかしな話かも知れないが、こんな些細で大きな違いを知るたびに、それを思い知る気がする。
　とはいえ話の流れで、チャンプルーの野菜はゴーヤ、パパイヤ、青菜などを使っていたとか、場合によっては豆腐も一緒に炒める時もあった、などと言う話を懐かしく思いながら話して聞かせると、ふぅん、と2人は面白そうに頷いて。それにしても作るのに時間がかかってそうね、そうだね、などと話し合う。
　そんな中、夏朝は1人話の輪から外れてじっと、プリントを見ながら考えていた。

「お魚、何だったかな……さんまさんだったかなぁ？」

　とりあえず『焼き魚』とは書いたものの、種類が判らないことにはどうにも、栄養素が調べられない。