ゼリンとぷにゅぷにゅ｜リアクション

ゼリンとぷにゅぷにゅ

　シーサイドタウンの目抜き通りを桜井ラッセルが弾むように歩く。手に提げた袋に目当てのものが入っているのだろう。自然に頬が緩んだ。
　――こう人が多いと面倒だな。もっと歩き易いところはー、あそこか。
　路地が候補に挙がる。速足で向かうと人は疎らで小さなオフィスビルが建ち並ぶ。
　――土曜日の恩恵ってヤツか。
　足取り軽く路地へと入る。喧騒を背中で聞きながら歩いていくと急に視界がおかしくなった。
　見える全てが水色に染まった状態でゆらゆらと揺れ始める。いきなり海底に引きずり込まれたような状況に慌てて深呼吸をした。
「息ができる！？　じゃあ、なんで」
　冷える頭に手をやると柔らかい物に触れた。軽く押すと同程度の力で押し返す。たまに、みゅ、と奇妙な声を出した。
　――これは生物なのか？　それより、どこからきたんだよ。気になるじゃねーか。
　両手を使って持ち上げた。そのまま顔の前に下す。水色の楕円をまじまじと見た。
「スライムなのか？」
「みゅ～」
　力ない鳴き声はハズレを意味しているのだろうか。ラッセルは顔を近づけて艶やかな表面に注目した。
　――どう見てもスライムだよなー。
　答えは意外なところから聞こえてきた。前からきた二人組の女性が囁き合う。
「アレ、見たことある」
「私は声を聞いたよ。確か、ゼリンとか言ってた」
「ゼリーじゃなくて？」
「うん、ゼリンだって」
　声はラッセルの横を通り過ぎて聞こえなくなった。
「お前、ゼリンっていうのか」
「みゅ！」
　先生の点呼に答えるように元気な声が返ってきた。
「名前はわかったけど、どこからきたんだ？　言葉、わからないかー」
　聞いた直後にラッセルは苦笑いを浮かべた。
　ゼリンは心外とばかりに、みゅっ！　と強く鳴いた。それだけでなく横から手のようなものを伸ばして空に向けた。
　ラッセルは行動の意図を読み取って、空からきたのか？　と聞いてみた。
　ゼリンは手の中で軽く弾んだ。
「みゅ、みゅ！」
「正解みたいだな。つーか、お前、意外と賢いな」
　褒められたと感じ取ったのか。ゼリンは仰け反るような姿になった。
「エライ、エライ」
　左腕でゼリンを支え、右手で撫でた。全身を震わせて、みゅー、と間延びした声を出した。
「まあ、こんな街中だと車も走っているんで、もっと安全なところに連れていってやるよ」
「みゅ、みゅ」
「じゃあ、行くか」
　ラッセルは歩き易さを優先してゼリンを頭に載せた。その状態で繁華街を離れ、閑静な住宅街の道をゆく。
「みゅ～、みゅ～」
　ゼリンが弱々しく鳴いた。ラッセルは歩きながら撫でてみたが収まらない。
「腹でも減ったのか」
「みゅ！」
　実にわかり易い声が返ってきた。
「やっぱ、そうか。フルーツなんだけど。リンゴとバナナ、どっちが好みなんだ？」
「みゅ～？」
「物がわかってないようだな。キウイもあるんだけど」
「みゅ、みゅ！」
　強い反応を示す。
「お前、本当に知ってるのかよ。こんなヤツだぞ」
　袋の中から一個のキウイフルーツを掴んで見せた。
「そのままでも食えるが皮を剥いたほうが、ちょ、待てって！」
　両手でゼリンを下すとキウイフルーツは丸ごと、身体の中に取り込まれていた。表面が溶けてゆっくり消化されていく。
「で、味はどうなんだ？」
　手のようなものが伸びて親指を立てる。
「どこで覚えたんだよ」
　ラッセルは笑いながら言った。
　やがて小さな公園が見えてきた。
「あそこはほとんど人がいないし、ベンチもあって意外とのんびりできるんだ」
　簡単な説明を終えると、ひっそりした公園に入っていった。
　直後に足が止まる。目的のベンチには先客がいた。
　初瀬川理緒と佐和崎紗月が肩を寄せ合って眠っている。二人の膝には横に伸びたようなゼリンがいた。動きが鈍いこともあって同じように眠っているようだった。
　ラッセルは足音を忍ばせて二人に近付く。
「……こんなところで寝て、危なくねーかな？」
　呟いた程度では二人は目を覚まさない。ラッセルは考えた末、肩に手を伸ばす。
　その時、頭部にいたゼリンが、みゅ、と鳴いた。
「どうした？」
「みゅ」
　ゼリンは伸ばした手をラッセルの顎に当てて上を向かせた。
　空に浮かぶ風の精晴月と目が合った。少し怒っているようで頬を膨らませていた。
「ち、違う。誤解だ。俺は美人だからって、そんなことはしないって」
「美人なんだ、ふーん」
　晴月は唇を尖らせてふわふわと飛んでゆく。ラッセルは大慌てで追い掛けた。頭部のゼリンは親指を立てる。
「そうじゃねぇだろ！」
　その遣り取りを上から見ていた晴月は人知れず笑顔となった。

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ゼリンとぷにゅぷにゅ

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