卒業～らっかみの願いを叶えて～｜リアクション

卒業～らっかみの願いを叶えて～

　夏の寝子島～台風の日に、びしょ濡れになりながら
　友だちとプールサイドで踊り狂いたい！

　『台風の日にプールサイドで踊り狂いたい』だなんて、そんな青春。
「変わったことを考えるのね」
　ののこの願いを聞いた梓智依子は、思わず肩を竦めた。
「でもこういうシチュエーション、嫌いじゃないわ」
「私も嫌いじゃありません」
　巫部紫苑もおっとりと答える。
「台風の日って室内に籠ってましたけど、プールサイドで踊るのも楽しそうですね」

「でしょでしょ？　で、今日はうってつけの台風の日なわけだよ、紫苑ちゃん、智依子ちゃん」

　ののこ、智依子、紫苑の三人は、寝子高校門の前にいた。
　雨はすでに激しく、傘はもっていかれそう。学校は休校で正門のゲートは閉まっている。
「まずはここからクリアしないと……カギは掛かっているかしら」
　智依子がゲートに手を伸ばしかけると、隣の通用門のほうで、ののこと紫苑が手招きした。
「智依子ちゃんこっちこっち！」
　休校とはいえ、数名の先生は対応のために学校に来ているのだろう。通用門の方は開いていた。やろうとしていることがことだし、こんな日に学校に来ていることが見つかったら帰されてしまう。智依子は人差し指を口元にあて、ののこと紫苑に「しーっ」と静かにするよう合図する。合点。三人は一気にプールへと走った。
「正門は越えられたけれど、プールの方で鍵がかかってたらアウトね」
　智依子はそんな懸念を口にしたが、ののこは「モーマンタイ（無問題）！」と何故か中国語。
「金網なんて、乗り越えればいいんだよ！」
　ののこは、えいさっさと金網を上りだした。
「まあ。私も」
　紫苑が傘を投げ捨て、ののこに続く。濡れゆく制服。中には水着を着ているようで紺のラインが透けて見える。金網がつくるひし形に胸が押し付けられて食い込み、ちょっとアレな風情になっているが、ここにいるのは女子だけだし、そもそも三人以外には誰もいないからこちらもモーマンタイだ。
「……もう。ののこ先輩も紫苑先輩も嬉しそうな顔をして。怖いもの知らずというかなんというか」
　智依子はため息を吐きながらも笑いが込み上げてきて、金網をよじ登った。

　豪雨のプールサイドは、灰色に煙っていた。
　激しい雨粒が水面を波立たせ、吹き付ける風で飛沫が弾丸のように三人に襲い掛かってくる。
　金網をのぼる間にずぶ濡れになった三人は、弾ける水面の様相に、まるで沢山の人が踊り狂うダンスホールのような狂騒と官能を感じた。
「踊ろう！」
　ののこは裸足になると、腕を振り上げて跳ねた。
「ダンスってよく分かりませんが、とりあえず、ののこさんの真似をすればいいんでしょうか？」
　紫苑は、濡れて張り付いた制服を脱ぎすてて、水着になって跳ねる。
　そんな二人の踊りを見て、智依子もダンサーの血が騒いできた。
「完全に好き勝手気ままで、身体の動かし方とかそんなものは全くデタラメ。でもとても楽しそう」
　そうだ。
　今感じるまま、パッションのままに、踊ればいい。
　目を閉じる。
　打ち付ける雨。
　吹き付ける風。
　それらの中にあって、立ち向かえなくても、ともに踊る。

「それが、青春。それが、生きるってこと！」

　智依子は雨の中で思いっきり踊り狂った。ののこや紫苑以上に激しく。
「びしょ濡れで踊るのも、結構楽しいですね♪」紫苑が笑った。
「うん、最高！」ののこも笑った。

　踊り狂ってどれほど時が過ぎただろう。
　嵐はすぎ、黒雲が切れて空には天国の梯子がかかる。