卒業～らっかみの願いを叶えて～｜リアクション

卒業～らっかみの願いを叶えて～

　夏の寝子島～うなぎパイパイを食べるためだけにママチャリで静岡まで行きたい！

　花厳望春は漕いでいる。ギアも何もついていないママチャリを。
　蜃気楼立ち上る道路。蝉の声がうるさい。
　振り返った先には、同じくママチャリを漕ぐののこがいる。
「野々さーん、まだ漕げる？」
「はあ、はあ、暑ーい、辛ーい、坂道キツいよーっ」
　ここは、神奈川と静岡の県境、箱根の峠。
　望春とののこは、ただうなぎパイパイを食べるためだけに、ママチャリで静岡を目指していた。
「ちょっと先に道の駅があるみたいだから、そこで休憩しようよ」
「だーい、だーい、大賛成！」

　気づけば夏の寝子島にいた望春は、ののこの願いを聞いたときこう思ったものだ。

「うなぎパイパイを食べるためだけにママチャリで静岡まで……かぁ。
寝子島から静岡って自転車で何時間くらいかかるんだろ。……10時間くらい？
うーん、無謀だなとは思うけど……こんなこと今しかできないだろうし、やってみようか！」

　……うん、無謀だった。
　地図を見て最短ルートと思った箱根は、山だった。
（毎年正月にマラソンで山の神とか言ってるとこじゃん。なんのトレーニングもしていない俺らが、ママチャリで登るって！）
　シキさんと同じくらい厳しい！
（いや待てよ。シキさんに耐えられている俺なら、頑張れる……？）
　もう思い込みで頑張るしかない状況である。
　道の駅についたののこと望春は、ぜえぜえ言いながら、ご当地アイスのそばソフトを注文した。
　日陰のベンチで汗を拭い、冷たく渦巻くそばソフトをぱくり……。
「「しあわせ……！」」
　ふたりは、恍惚とした笑みを浮かべる。
「俺、目的地にたどり着けなくても満足しそう……」
「望春くん、目が遠くに行っちゃってるよ。本命はうなぎパイパイだから！」
「そうだった。これ食べたら、また頑張ろっか。ここからは下りだしね」

　しばらく休憩して、ふたりはまたママチャリで走った。
　疲れたらまた休憩して、そのうちだんだんハイになってきて。
　
「つ、着いた……！」
　夕日が空を真っ赤に染めるころ、ふたりはとうとううなぎパイパイの本場、静岡にたどり着いた。
　目の前には、うなぎパイパイの本店。これでもかと並ぶうなぎパイパイの幟を目にして、望春は目頭が熱くなる。体中、達成感でいっぱいだ。
「でも、これだけの運動のあとにうなぎパイパイとか食べられるんだろうか、俺……」
「食べるよ。だってそのために来たんだもん！」
　疲れが吹き飛んだかのように意気揚々と店へはいっていくののこ。
　望春は疲れた体に鞭打って、ののこを追う。
「うなぎパイパイください！　２枚！」
　わざわざ寝子島からママチャリで来たと聞いた店員さんは、ご厚意で冷たい麦茶を淹れてくれた。
　大冒険の末のうなぎパイパイはさくさくで甘くて――。
「最高っ！」
「良かった。俺も、このうなぎパイパイの味はきっと、一生忘れられないな」