卒業～らっかみの願いを叶えて～｜リアクション

卒業～らっかみの願いを叶えて～

　春の寝子島～桜の木にのぼってお花見したい！・その２

　
　そうと決まれば、信彦の動きは素早かった。
　まずはツリーハウスをつくる桜の木の選定。これは事前に管理者へ許可を取っておくことにする。
「根回しは大事！　九夜山の展望台付近……は、無理でも、寝子高敷地内ならいける気がするよ！　ととお理事長なら、ののこちゃんの笑顔を出しにしたらヨユー、じゃね？」
　その通りであった。信彦は校内の桜の木の一本にツリーハウスをつくる許可を取り付けた。
　お次はどんなツリーハウスにするか。
「時間が限られているからね。小さめなツリーハウスの工作キットを使って工期短縮しよう！　それでも24人時ぐらいの工数がかかるから……」
「24人時、工数……」
　高校生があまり口にしないようなプロっぽい用語にたじろぐののこたちであったが、なんか任せておけば大丈夫そう感が溢れる信彦が輝いて見えたのも事実だ。
　とにかく人手がいる、ということで信彦はサッカー部の部室へいき、部活の後輩たちに協力を打診した。
「木材の運搬とかで足腰が鍛えるトレーニング、みたいな？　報酬？　そんなの、ののこちゃんの笑顔で十分じゃね？　あ、ジュースぐらいは奢るよ？」
　しかたねえな、と立ち上がってくれたサッカー部のみなさんたち。「ののこちゃんの笑顔」がそんなに無敵かというとそうでもなかったであろうが、信彦が無意識にカッコイイポーズを取っていたので＜イケメンの特権＞が発動して、相手に信頼感や安心感を与えていたのかもしれない。少なくとも、ジュースは確実に奢ってもらえる、とサッカー部後輩たちは思ったに違いなかった。

　翌日。
「ふう、こんなものかな！」
　簡素な梯子つきのツリーハウスが、見事に完成した。
　桜の木の周りにはののこのほかに、真白、瑠奈、武道も集まって、ツリーハウスを見上げている。
「さあ、登ってみてよ、ののこちゃん」
「私が一番でいいの？」
「レディのワガママを実現するのは、紳士の務めさ！」
「ありがとう。それじゃあ……ののこ、登りまーす！」
　ののこは梯子を昇っていく。瑠奈、真白、武道、信彦もそれに続く。
　てっぺんのツリーハウスにたどり着いたののこは、わああ、と顔を輝かせた。
「……すごい……！」
　目の前には咲き誇る桜の花々。その向こうには、真っ青な空が遠くどこまでも広がっている。
　そのとき、ののこは何かを思い出したかのようにはっとした。
「……あ、私……この空を、もっと高くから見たことがある……」
「ののちゃん……？」
　登って来た瑠奈が、ののこの隣に立った。
「瑠奈ちゃん、私ね。ずっと高いところから、空を見ていた気がするの。そこにはテオもいて……」
　ののこはゆるゆると首を振る。
「……ううん、よく思い出せない」
「そっか」
　相槌を打ちながら、瑠奈は思っていた。ののこはすこしずつ、神の記憶を取り戻しつつあるのではないかと。
「ま、いいや。今はこのキレイな景色を楽しみたい！」
　ののこが青空に向かって笑った刹那、瑠奈の脳裏に詩が浮かんだ。
「笑ってる君は、青空みたい」
「そう？　そうかな」
「うん……ちゃんとお花見しよう。ちゃんと目に焼き付けようね」
　このお花見はののこの願いだったけれど、瑠奈にも瑠奈の想いがある。
（あたしは卒業したらきっと、こことは違うどこかで過ごすことになる。あたしはののちゃんにあえて、いろいろ変わったの。だから――）
　瑠奈は囁くように歌い出した。伝えたいのに言葉にならないもののほうがずっと多くて。
（この先歩む場所は違っても、ずっと友達だよ）
　そんな想いを、歌に込める。
　瑠奈のろっこん＜風のいたずら＞のためか柔らかな風が吹き、桜の花びらたちが青空へと舞い上がった。
　その光景はあまりに美しくて――。
「ありがと」
　瑠奈はののこに伝えたかったことを、ようやく言葉にして口にできた。

　今日のすべてが、いっしょに過ごしたあかし。
（これからもずっと、生きていこうね。そう思っているよ）
　