卒業～らっかみの願いを叶えて～｜リアクション

卒業～らっかみの願いを叶えて～

　夢の寝子島～様々なあやかしが潜む恐怖の古城から脱出したい！・その２

　ののこが飛び込んだ先は広々とした西洋風の食堂だった。
　何十人もがゆうに座れる長テーブルがあり、テーブルの上には古ぼけた燭台が並んでいる。
　ののこはビビっているようで、ぎゅっと自分の体を抱き締めながら、一歩、また一歩と長テーブルの方へ歩いてゆく。
（儂の出番じゃな）
　阿呂江は修行の末にようやっと使えるようになった、とっておきの技を披露することにした。

（出でよ我が狐火！）

　ぽっと空中に浮かんだ青白い火が、ゆらゆらふわふわとテーブルの方へ向かってゆく。
「ひ、人魂！？」
　ののこが慄くのを楽し気に眺めながら、阿呂江は狐火を燭台の上に移動させた。
（最初の頃は小さな火しか出なかったが、手のひらサイズをいくつも作って飛ばせるようになったのじゃ）
　狐火が、燭台を端から順に灯してゆく。
　誰もいないのに明かりだけが灯る不気味な光景が、ののこには見えているはずだ。
（霊界と寝子島が繋がって交流が増えたおかげで儂も井の中の蛙にならずにすんだわ。ののことやらにも人間達にも感謝せねばな）
　最後の燭台に火がついた瞬間を見計らって、阿呂江は変化の術で長い黒髪、青白い肌に白い着物、そしてちょっと透けている幽霊に化けて暗がりから歩み出た。
「うらめしや～」
「ゆ、幽霊～っ！！」
　いい反応だ。
（ふむ我ながらなかなかの演技力）
　一応、阿呂江は設定を説明してやる。
「儂は城の食堂にあった高価な皿を割ってしまい処刑されたのじゃー。しかし儂は無実じゃ、料理長がやらかした罪をかぶせられただけなのじゃー。許さぬぞー、王も民も、城にいるものたちも許さぬぞー」
　めいっぱい恐ろし気な声を出し、すり足でののこへ迫ってゆく阿呂江。
（今更ながらここは西洋の城。儂の幽霊は和風じゃから、おかしいか……？　いやまあいいじゃろ）
　ののこのほうもそれどころではない。
「私のせいじゃ絶対ないけど、幽霊さんごめんなさいー！！！！」
　ののこは叫ぶと、一目散に食堂を飛び出して行った。

◇

　そのころ。
　ヴィーゼはのんびりと天井近くで浮かびながら、コーヒー片手に休憩していた。
　と、ののこがものすごい形相で食堂から飛び出してきた。滅多矢鱈にあちこちぶつかりながら、城の中を爆走していく。あの調子じゃあ迷ってしまいはしないだろうかとヴィーゼは心配になった。
「こういうのって迷ったりするのも醍醐味なんでしょうけど、あの子が迷うと洒落にならない事になりそうなのよね……仕方ない」
　ヴィーゼはすーっと飛んでののこの前に現れ出でた。

「だあれ、騒がしくするのは。私はこの城に住まう吸血鬼。眠りを妨げる者は承知しないわよ」

「幽霊の次は、吸血鬼ーーっ！？！？」
　ののこは踵を返して、ヴィーゼが現れたのとは反対側の部屋に飛び込んでゆく。
（そうそう。そっちに行くのよ、ののこちゃん）

◇

　ののこが飛び込んだ部屋は、和風の座敷だった。
　べべん、と三味線の音がかき鳴らされ、破れ穴のある障子に黒々と山のような影が映し出される。
　ぶにゃーお、と、野太い猫の鳴き声がした。
「……我の寝床にいるのは誰だ！」
　障子の破れ穴からギラリと光る金色の瞳。その虹彩は三日月のように細く、鋭く、ののこを射抜いて――。
「ば、ば、化け猫～～っ！！！！」
　ののこはその部屋も飛び出した。
「よしよし。こんなところかね」
　障子の影から出てきたのは、化け猫役を見事に演じきった道哉である。
「そろそろ城から出してやろう。みんな、総出で追い立ててやってくれ」

　道哉と阿呂江とヴィーゼは、ののこを出口のほうへと追い立てた。さっき入って来た入り口の扉は開け放っておいてやる。外の雨は上がっていて、日が差し始めていた。ののこは怖くてちびりそうになりながらも、明るい外へと脱出した。

「我らのおもてなし、お楽しみいただけたかな。お嬢ちゃん」
「楽しかったのう」
「いつか霊界に来た時には、うちのカフェにも遊びにきてくださいね～」