Change of Season｜リアクション

Change of Season

　覚悟、この言葉の由来は仏教だという。考えてみればすぐにわかることで、読んで字のごとく『さとり（悟り）』に『目覚める』ということなのだ。すなわち、真理を得た人物こそが覚悟した人ということになる。覚悟した人とは仏のことだという。
　むーん。
　などと情報をネットで調べてみて、落ち着くかと思いきやむしろ、ますますもやもやしてきた白真白である。
　つまり仏様の心境になるってこと？　覚悟するってのは。
　座禅のひとつでも組んだほうがいいのかもしれない。自室のベッドに場所をととのえ、しばし中央で膝を組む。そこからヨガなどしてみたり。弓のポーズ、コブラのポーズ、そしておなじみ水魚のポーズ。
　……。
　効果てきめんとまでは言わないけれど、ちょっと心が鎮（しず）まったのは事実だ。
　よし、覚悟決めた。心穏やか。ブッダとまではいわないけれど。
　真白はベッドから滑り降りた。
　携帯電話を手にする。NYAINを立ち上げ『お気に入り』欄を縦移動する。ささっと流れるように入力を開始した。

　どこに呼び出すかは迷ったが、ホビーショップ『クラン＝G』内はまず除外した。
　三佐倉千絵との遭遇はもちろんとして、常連にばったり＆ゲームに誘われて――となってしまったらいかにもまずい。
　今回ばかりは他と隔絶、中途に邪魔が入らない状態をキープしたかったからだ。
　かといって、無菌室みたいな無音の個室でふたりきりというのも極端にすぎよう。展開によっては息詰まる話になろうに、酸欠で倒れてしまうかもしれない。
　ここで良かった……よね？
　白は周囲を見回す。
　ファミリーレストランの店内だ。何度も使っている店だった。ランチ時ではなく午後のカフェ時間帯、店内はガラガラとまでは言わないが混んでいるとも言いがたい。席は四つ角の隅で窓も遠い。ドリンクバーからも距離があるため普段使いのポジショニングとしてはノーグッドだが、静かで目立たず、じっくり話すにはもってこいの位置といえよう。四人がけテーブルなのでそこそこ広いのもいい。真白は入店前からこの場所と決めており、店員に案内される途中で「あそこがいいです」と自分から席を指定したのだ。
　チーズとハンバーグソースの香りがうっすらとただよってくるが食欲はわかない。耳を澄ませてもあまり会話は聞こえてこず、去年やたらとかかっていたせいで飽き気味のポップソングのインストアレンジが耳に入るばかりだ。
　メニューをめくることすらせずスマホの時計を眺める。
　待ち人はまだ来ない。
　当然だ。真白はかなりの余裕をもって来たのだから。気持ちを整理するために。
　覚悟がゆらいでいないか確認するために。
　不安のほうが大きいなら、やめよう。
　名目は他に用意しているから、中止したところで問題はないだろう。
　深く息を吸う。
　息を吐く。
　大丈夫、オッケ。いける。
　私、グラグラしてない。ちゃんと打ち明けられるよ。
　手鏡を取り出して眺め、前髪を直すふりをしながら自分の表情を確認した。
　ちょうどここで店内BGMが変化した。毒にも薬にもならないインストがフェイドアウトし、どこかで聞いたことのある海外のヴォーカル曲がかかったのだ。歌い手はふたり、つまりデュオだ。ゆったりとしたテンポだが明るい。ソウルフルというのだろうか、声質の異なるふたつの男声が溶けあっていい感じだ。
　曲のおかげだろうか。真白の口元がほころんだ。
　とにかく笑顔ね。軽いノリでいこう。深刻な顔をして明かしたら、それこそ大変なことになっちゃう。
　なので、
「紅ちゃん、ここだよー」
　まもなく姿を見せた芋煮紅美を、真白は最高の笑顔で迎えることができた。