Change of Season｜リアクション

Change of Season

　ご覧あれ、と萌は書面を取り出し勧進帳よろしくひらいて前後逆にした。

「マタ大商学部経営学科、合格したよー！」
　合格の通知書面だった。木天蓼大学の入学許可証を兼ねており、いわば未来へのパスポートだ。
「見せて見せて！？」
　清子はうやうやしく受け取って「うわー本物のマタ大合格通知だー」と自分のことのように喜び、「私マタ大なんてD判定ですらなかったよ～。尊い～」などと頭上にかかげ目を細めている。
「まあなんとか、って感じだけどね。数学の試験は死ぬかと思ったよ……でもカレースパイスをスニッフして乗り切った！」
「まさかのカレードーピングっ」
「良い子はマネしないでね☆」
「マネする子なんていないよ！」
　ゲラゲラと笑いあう。数学の勉強も当日の試験も、萌はカレースパイスを鼻から吸いこみ、脳を熱く激しく活性化したのだった。
　丁寧にたたんで合格通知を萌に返し「でもわかってたけどね」と清子はしみじみと言ったのである。
「入ってきたときの萌ちゃん、めっちゃいい顔してたから。合格したな、って直感した」
「顔に出てたかー」
「けっこう気にしてたんだからね、私も。寝子島神社にお参りもしたし」
「お参り！？」
「したよー。神様に超お願いしたもん」
「ありがとう……清子ちゃん」
　目を潤ませる萌である。見て見ぬ振りをするように、「それはそうと」と清子は言った。
「おねーさんにはもうひとつ、聞きたい報告があってだな」
「お、押忍（おす）」
　きたか。
　むしろこっちがメインかもしれない。
　言うほかなかろう。そのつもりで来た。
　あの日、清子がタイミングを作ってくれたからこそ萌はユウに告白できたのだ。彼と一対一になった萌は、決斗者の心境でユウに想いを打ち明けた。
「清子ちゃんが外してくれたあと告（コク）った。ボク、卒業後はユウくんと一緒にカレー店を盛り上げたい――って」
「ノナー氏あれでなかなかニブいから、そんな遠回りな言い方じゃ通じなかったんじゃない？」
「う、さすが清子ちゃん」
「おねーさんにぬかりはなくってよ。で、空振りのまま終わったの？」
　萌は地面が揺れるほど首を左右にシェイクした。
「恥ずかしすぎるので再現はできないけど、ボク、誤解も逃げもできないくらいブチかましたよ！」

「ユウくんのことが好きだから言ってるに決まってるでしょ！」

　半ギレのバンザイアタックだった。思い出しても顔から火が出そうだ。
「そんなことが……ノナー氏、私には全然言わんし」
　極上のクリームを味わうように、うっとりした表情で清子はつぶやいて、「で、どうなった？」当然の質問にうつった。
「りょ」
「りょ？」
「両想い、になった！　っていうか両想いだって判明した。ごっつぁんです」
　なにがごっつぁんなのか自分でもわからない。
「最高かよ！」
　感極まったか清子は萌をぐいと抱きしめる。「入試は合格！　彼とは両想い！　あ、順序としたら逆！？　とにかく、サイコーかよって感じじゃないの！　でかしたー！」
　ぎゅうぎゅうと胸に押しつけてくる。
　やっぱ清子ちゃんて巨乳、ウラヤマー……じゃなくて！
「で、でも！」
　窒息しそうになりつつ萌は申し立てた。
「ユウくんもボクのこと好きだけど、でも、でもね付き合うかどうかはちょっとだけ考えさせてって」
「えーなんでー！？」
　清子の拘束が解けた。
「自分はまだ半人前で、ボクと人生を分け合う自信がないとかなんとか」
「煮え切らねーなーノナー。ドーテーはこれだからなー」清子は渋い顔だ。「お互いもう十八でしょ？　もうヤっちゃって既成事実化すればよくない？」
「清子ちゃんオッサン！　発想がオッサン！」
　萌はやたらとジタバタするが、清子のほうは落ち着いたものだ。
「オッサン上等だよ。だけどもね、むしろこういうときはたいてい、オッサンっていうか男のほうが変にセンシティブなわけ。これはもう萌ちゃんがリードしてあげるしかないね。返事なんざ待たなくていいから、デートでもしてスタートしてみ？」
　スタートしてみ？　かぁ。
　じつに清子ちゃんらしい発想だと萌は思う。
　実際、男女交際なんてそんなものかもしれない。
「ついでにそのまま初エッチ☆」
「『ついで』て！」
「いや実際そんなもんやて正味（しょうみ）の話が」
「そんな正味の話はないよ！　あとなんで関西弁！？」
　簡単そうに清子は言うのだが、萌にとってはまったくもって簡単な話ではない。
　ちょうどそこにノナー氏こと野菜原ユウが戻ってきたのである。

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