「もらった!!」
　視界に捉えればこちらの物だと言わんばかりに、千里はカプリッチオを加速させ、その勢いを付けて正面の飛び石を蹴るようにして左へ曲がる。大きな双爪を掲げ、着地のタイミングで連撃をお見舞いしてやろうと構えたが――着地点にカザリューの姿が無い。
「俺のはドラゴンがモデルなんだよ！」
　滑空するカプリッチオを上から見下ろす形で、カザリューは口を開く。小さな翼をはためかせ、カザリューは飛び石の影にギリギリ隠れる辺りで待ち構えていたのだ。
「しま……っ！」
　空中戦ともなると、体勢を整えるだけで精一杯なカプリッチオでは反撃できない。防ぐにしたって紙装甲だ、ここまでエネルギーを溜めたカザリューの一打は耐えきれないだろう。
「もうちょい……間に合えっ！」
　カザリューの周囲に碧い風が吹き荒れ、エネルギーが集まっているエフェクトが煌めいている。まだ撃たないのであれば、着地してから避けられるかもしれないと、千里もカプリッチオの元に急いだ。
　追尾機能があるミサイルならともかく、どうせビームは一直線。なら次の角へと逃げ切れれば反撃の余地はある。しかし近づいてみると、誘い込まれたのは大きな飛び石の間だったようで、曲がれる場所が無い。
「くっそ……走れっ！」
「行かせるか！　フルパワーいっけええ!!!」
　パワーゲージが何周も溜まって虹色に煌めきだしたのを見計らい、ラッセルは迷いなく攻撃に打って出た。
　全力疾走するカプリッチオの背後に向かって、カザリューはまず竜巻のような咆哮を上げる。大地を揺るがすようなエフェクトは直線上だけでなく周囲にもビリビリと響き渡り、範囲内に居たカプリッチオは一定時間の行動不能となった。
　ぽかんとしている２人を余所に、目標を捕捉したカザリューは優雅な動きで空を舞い、間合いを詰めると今度は瞑想をするように瞳を閉じて一呼吸。そしてカッと目と口を開くと、春疾風の如く凄まじいビームを吐き出した。そのエフェクトは、カプリッチオを直撃したのはもちろん、唸り上げる風のように飛び石の隙間をも吹き荒れていく。
　どことなくやりきった顔で着地したカザリューを見たラッセルは、やや混乱をしつつ千里を見た。向こうも同じように「今のはなんだ？」という顔をしている。
「おおおっ、これかぁああああ!!　更新されたって聞いてたけど、エフェクトすっげー！」
　ここまで溜めたのは初めてだと語るラッセルの喜びようを見ると、千里も意地悪を言いたくはないし男として約束を違えたくはない。だけど。
「そんで？　オレはどこのチーズケーキを奢らされるんだ？」
　話題をそれとなく逸らして、ラッセルの意識を好物に向けさせる。レアかベイクドか、はたまたスフレかと悩む間は、アンケートのことなど忘れてくれるだろうと期待して、千里はそのまま店に向かおうと促すのだった。



　何か見落としがあるから不安になるのではないか。
　そう思った紫は、１度喫茶店など落ち着く場所に赴き、改めて今回の事件を最初から振り返ることにした。
　自分が直接関わったこと、妹から聞いたこと。それから現場に居合わせた子供らや、刑事から聞けた話などを時系列に沿って資料を纏める。ここまでは課題の整理と同じ要領で終わったが、ここまでで不明瞭な点は見当たらない。
　ならば次は、模型店など普段から子供らと接する機会が多い人に話を聞いてみようと、旧市街へ足を運んだ。
　そこには先程の公園で見たとおり、老若男女がカプセルトイに列を成す姿があって、こうして目に見える形での変化にもヒントはあるだろうかと顔ぶれを盗み見る。けれど、あの物色しているかのような大人達は居ないようだ。
　店主と少し話すことは叶ったが、見慣れないパーツを持っている子が増えたという話以外は、特に変わった様子は聞けなかった。カスタマイズが柔軟にできるカプギアは、メインパーツに各々シールを貼ったり、模型用のインクで彩色を施したりできるため、その一種でアクセサリーが流行っていると思ったらしい。
　蒼の持つカプギアがどうだったかの詳細は覚えていないが、特段それを所持しているからと言って変わった様子がないのなら、変に勘ぐらなくてもいいのだろう。
　これ以上は情報が無さそうなので、紫は次に図書館を目指した。
　現在報道されているユグドラシル関連のニュースは、テレビやネットでできるだけ目を通してきたはずだけれど。取りこぼしがないように、過去の新聞やゴシップ誌まで読みあさろうと思えば、図書館は便利な場所だ。
　……しかし、どの局も紙面も同じように『嫌疑がかけられている』とお茶を濁すばかりで、あの会社が具体的に何を画策していたか、どんな悪事を働いてきたかなどの暴露はない。
　現に世良 空羽という被害者だっているのに、ゴシップ誌でさえ名前を伏せて記事にされることは無かった。それは、もしかしたら愛光堂が彼女を保護するために根回ししているのかもしれないが、にしても愛光堂が受けたバッシングを思えば不自然なほどユグドラシルの扱いは生易しい。
　まだ何か、大きな権力が動いている――直感でしかないが、紫は捜査の手を止めてはいけないと思い、空羽とコンタクトを試みることにした。
　彼女は今、病院で心身の検査や警察の取り調べ協力などで忙しいとは小耳に挟んでいる。しかし、いくら来訪日がわからないからといって、どちらも毎日居座っていて良い場所でもなければ、個人情報を漏洩することなどない施設だ。会うのは絶望的かと思いつつも、藁にも縋る思いで自分の連絡先を伝えてほしいと受付に頼み、彼女からの連絡を待つことにした。
　その間に聞きたいことを整理し、謎の不安を払拭するために。