You complete me.｜リアクション

You complete me.

　そして予約も無事に整い、ようやく明日受け取りに行くという日。
　メアリの休憩時間を狙ってブラックウッド邸へ訪れた柚春は、２人で一緒にお茶を楽しみながら、嬉しそうにそれを報告していた。
「まあ、そんなことが」
「まさか、２人とも指輪の買い方を知らないなんて思わなくって！」
　学校でこそ、５教科も教鞭が執れて何でもそつなくこなす姿から『天才肌のハイスペック教師』なんて呼ばれているのに。彼の苦手なことも、子供っぽい部分も知っている柚春にとっては、それも彼が作った仮面のひとつだろうかと思ってしまう。
　彼の素顔を知るメアリとしては、「興味のあることにはトコトンなのですが……」と濁すに止まり、多くは語らなかったが、それでも思い当たる節のある柚春にとっては、大きく頷いてしまう。
「ペアリングは予約だけになっちゃいましたけど、お台場のデートはすっごく楽しくて！」
　にゃんポではしゃぐウォルターの写真や、海賊たちと乾杯した写真。それから夜景も楽しんできたとスマホを見せる柚春は、実に満足気だ。
「それに、チェーンも買ってくれるって言ってくれたんです。……仕事中も、身につけてくれるかなぁ」
　ほぅっと夢見心地でもあり、不安でもある乙女の顔。こんなとき、全面的に同意をしてあげられない立場なのが、年長者としてメアリは心苦しく感じてしまう。
「柚春さまは、繋がりを非常に大切にされていると思います。お互いに印を持つことも、素敵なことだと」
　以前、柚春はウォルターに恋人証明書の入った小箱の鍵を渡していた。その鍵を、受け取って貰えただけでも満足だと、もの悲しそうに笑って教えてくれたこともある。
「でも、お二人の立場上、叶わぬことも出てくるでしょう……どうか、ウォルターさまを責めないで下さいね」
　深々と頭を下げるメアリは、大人として止めねばならない。メアリが少女の頃ならともかく、今の時代を生きる16歳と36歳の壁が、教師と生徒の隔たりが、世間の目が――辛く険しい道だと教えねば。
　けれど、それを聞いた柚春は「顔を上げて下さい！」と慌ててメアリに駆け寄った。
「一介の使用人の身で、差し出がましい口を……」
「待って、待ってください！　僕がワットを責めるって、何の話ですか？」
　もちろん、指輪は付けて欲しい。肌身離さず身につけてほしいけれど、そもそもウォルターは仕事中に好んでアクセサリーを付けていることはない。派手な身なりの先生がいることからも、別に規則でそうなっているわけではないし、風紀委員の担当であることを気にしてというわけでもないはずだ。
「でもワットは、ピアスですらつけない。……ということは、学校では一定の線引きが必要なんだと思います」
　頭ではわかっている。だけど、言わなければ伝わらないと思ったから、我が儘を言った。
　どれほど指輪を大事に思っているのか、どれだけの想いをこめたのか……知っていてほしかっただけ。
「だから、校内では無理強いするつもりはないんです。……でも、学校の外では、つけてくれないと嫌だなぁ」
　デートの待ち合わせ前に、メッセージで催促したほうがいいだろうかと、わざとらしいため息を吐いてみせる柚春に、メアリもクスリと笑う。
「そのような甲斐性なしでしたら、わたくしも進言させて頂きます。それはもう、幼少の頃のように懇々と！」
　何のための指輪かと。女性に恥をかかせるつもりかと。後生大事にしまっておくための指輪ではありませんよと語るメアリに、柚春もふふりと笑い出す。
「メアリさんが味方になってくれたら心強いです。だってワット、酷いんですよ！」
　勇気を出して大事なことを聞いたのに、騒がしい所で英語でなんて。そう唇を尖らせて、柚春はメアリに答え合わせに協力して欲しいと願い出た。
　覚えている限りの単語を耳打ちして、直訳するとこうだけど……と柚春は頭を悩ませている。
「あらあら。私にお話になったこと、秘密になさいませね。でしたら、ディーティングの件も……」
「それは、はっきりと否定しなかったんですけど……でも、指輪を選ぶときに『僕の予約』だからって！」
　最初に柚春から言った言葉を真似ただけかもしれない。けれど彼は真剣に指輪を選んでくれたから。
「だからもう、心配しないことに……しようかな。明日からはペアリングってお守りもあるんだし」
　幸せそうな顔で笑う柚春に同意して、メアリは風が出てきたので窓を閉めようと窓辺に寄る。
　そこで、見慣れた人影が考え込んでいたような気がしたが――何も見なかったことにして、暫し女子会のようなお喋りを続けるのだった。

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