ずっとあなたといたいから｜リアクション

ずっとあなたといたいから

●翌朝、キッチンにて
　ウォルターの部屋を出た後、柚春が寝付いたのは朝方だった。
　にも関わらず、いつもの起床時間を少し過ぎたくらいで起きてしまった。
「んー……眠い……」
　朝日差し込む部屋で薄目を開ける。
　ぼんやりした頭のまま隣のベッドを見れば、そこは当然のように空っぽだ。
（さすがメアリさん、もう起きてるんだ……）
　それなら自分も起きようと、重い体でベッドから出る。
　スリッパをはいて、室内を歩いて、リビングにつながるドアを開いたところで、ウォルターの声が聞こえた。

「香りの力はすごいね。稲積が言ってた通りだったよ」
「ふふ、楽しい夢が見られたようで、よろしかったです」
　ジュウジュウと何かを焼いている音。香ばしい匂い。
　昨日、柚春とウォルターが城に行っている間に、食材を手配したのか。
　どうやらメアリは朝食の準備をしているようだ。

「……夜、稲積は大丈夫だった？　元気にしてた？」
「……明るくふるまってはいましたが……。申し訳ありません、ウォルターさま。昨日柚春さまに、ウォルターさまがよちよち歩きの頃、猫を追いかけたお話をしてしまいました」
「ああ、木に登ろうとしたってやつ？　いつだったか教えてくれた話だね。いいよ、それで稲積が笑ってくれるなら」

（ワット……）
　柚春は悲しそうに微笑むウォルターから目が離せない。
（恋人証明書に名前は書けないって言ったけど……ワットは僕のことを考えてくれてるんだ……）
　もし今、ウォルターが。あの証明書に名前を書いてくれると言ったら。
　柚春はそれを、すぐに差し出すだろう。
　未来の約束だって、してくれたら嬉しい。
（でも……名前を書いてくれなくても、約束をくれなくても……）
　これまでの思い出が、頭を巡る。

　柚春は、昨日購入した小箱を取り出した。
　箱の鍵を開け、中にしまったもうひとつの鍵を手に取る。
（渡すつもりはなかったけど……やっぱりこれは、ワットに持っていてほしい）
　鍵を握ると、ほのかに温かいような気がする。
（もしかして、この葉っぱのせいかな）
　柚春は無記名の証明書の上に重ねて置いていた、緑の葉をじいと見た。
　昨日ウォルターと話しているときに、どこからかふわっと舞ってきて、柚春の頭の上にのった葉っぱである。
（なんか優しい力を感じて、しまっておいたんだよね）
　どうしてかわからない。でもとても、大事なものの気がするから……。
（ありがとう）
　柚春は、緑の葉を、指先でそうっと撫でた。
　そして丁寧に箱の蓋を閉じ、鍵を閉めて、顔を上げる。
（さあ、行くよ！）

「おはよう、ワット。メアリさん」
　ドアを開けて、笑顔で言って。柚春はウォルターの前に、手にした鍵を突き出した。
「もしワットがこれを受け取ってくれたら、来るべき時が来るまで、誓いの話はしないって誓うよ」
「えっ……」
　驚くウォルター。手は鍵に伸びるが、触れない。受け取るべきか、ためらっているのだ。
（適当に受け取っちゃえばいいのに、誠実な人）
　柚春は微笑み、ウォルターの手に鍵を握らせた。
「これは、昨日の恋人証明書を閉まった箱の鍵だよ。ああ、そんな顔しないで。今はただ、この鍵を持っていてくれるだけでいいんだ。だって僕は……いつか、ワットが僕を『特別』にしてくれるって、信じてるから」

　――僕にはワットしかいないのだと。欲しいのはワットだけなのだと。
　最大の愛情と強い願いを込めて。
　柚春は鍵を手にしたウォルターを、抱きしめたのだった。

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