二月の魔法は春を呼ぶ｜リアクション

二月の魔法は春を呼ぶ

　スクリーンの幕が開いた。

　ハワイが舞台の物語。記憶障害があり前日までの記憶を毎日忘れてしまう女性と、そんな彼女に恋する男性のコメディだった。
　切ないなぁ――。
　観ながらラッセルはついつい劇中の彼に感情移入してしまう。せっかく想いが通じても、翌日になれば彼女は全部忘れてしまうのだから。毎日毎日愛を告白して、毎日毎日やり直す。悲劇になってもいいお膳立てなのに、テンポがよくて明るくて、短い上映時間ということもあり最後まで楽しめた。あっと驚く結末もおおいに気に入ったところだ。
　鑑賞後は映画の影響かハワイアンカフェにて、遅めのランチをとることになった。板張りの壁に床、一枚板の松材テーブル、店内ミュージックもハワイアンだ。スチールギター独特の、リバーブのかかった音色が南国感をたかめる。
　アボカドとマグロの刺身をごま醤油ダレであえ、ごはんにのせたポキ丼が運ばれてきた。つづいてジューシーなハンバーグと目玉焼き、甘めのソースがかかったロコモコ丼、もち粉でサクッと揚げたハワイアンチキンと、ワッフルと野菜を盛ったプレートもつけている。
　スプーンで一口おおきくすくって「ハンバーグ好きー」とほおばって晴月は無邪気に喜んだ。おおむねすべて好評だ。大葉もレタスもぱりぱり食べた。あまり好き嫌いはないようである。とりわけワッフルは気に入ったようで、「これいいね」と連発していた。
　なるほどワッフルは初体験なのか。でも気に入ったみてーだな。
　うんうん。ラッセルは心のメモにしたためておく。
　食べながら映画の感想を交換した。面白かったーと断じるラッセルに晴月は言う。
「ラッセルと行けてよかった！　ロマンティックなお話ってことだから、ひとりじゃなくてふたりで観たいと思って」
「誰と？」わかっててラッセルは訊いてしまうのである。
「あー、かー、カレシとー……」
　まだ照れくさいのか頬を染め、晴月はトロピカルドリンクをずずーっと吸った。
　映画がらみで誕生日の話になった。ちょうどいい、確認しておこうとラッセルは問う。
「そういえば晴月って誕生日いつだっけ」
「わかんない」
　とくに悲壮感もなく晴月は応じた。
　やっぱりかー。
　なんとなくそんな気はしていたが。
「私生まれたの去年？　その春ごろだと思う。だから四月でいいかな。四月一日とか」なぜか胸を張って晴月は言うのだ。「私知ってる、この日エイプリルフールって言うんでしょ？　嘘みたいでいいかな。自分で決めていいなら四月一日にしたい」
「晴月の存在が嘘だったら俺泣いちゃうよ」
「安心して。ラッセルには嘘言わないよー」
　勝手に決めていいものかわからないが、そういうことにしたい。
　二月三日の節分祭は両想い記念日。四月一日は晴月の誕生日（仮）。心のメモが増えていく。
　すでに記録済みのメモを、めくるようにしてラッセルは思い出す。
　晴月に手料理、そのうちふるまう約束だったな。
　すこし前に「ラッセルはいつ作ってくれる？」と質問されたことは忘れていない。
　実のところ律儀にも、すでにラッセルは手料理の準備に入っているのだ。
　準備は料理実技にとどまらない。場所も考えている。
　桜花寮に呼ぶのはキッチン使いたい理由聞かれたりするだろーし、晴月が悪目立ちしてしまうかもって懸念もある。かといってでも家庭科室や友達の家のキッチン貸してもらって、ってのは……これはこれで不安要素もあっていたたまれねーとこだし。
　公民館にもキッチンあったな。あれを借りるという手もあるっちゃああるか。
　日付はどうしよう。四月の誕生日祝いでもいいし、ホワイトデーにサプライズで招待する手もあるわけか。
　その日までに料理の腕を磨いておこう。とはいえ新しいものを覚えなくても可能かもしれない。ミートパスタ、野菜炒め、オムライスなど、現時点ですでにラッセルがレシピを見ずに作れるものでも晴月は喜びそうだ。
　でも憧れのたんぽぽオムライス作れたら喜ばせられるのになー。あとデザート系もマスターしてぇし。レシピ本みるか先生に相談か、これは。
　それに、一緒に作っても楽しそーだな。
　共同作業とか、新婚さんっぽくて熱いぜ。
　特にオムライスな。
　ケチャップでハートをかいた晴月がこうフリフリの服きて――いやこれメイドカフェで晴月にやってほしいって妄想じゃねーか？
「ラッセルどうしたの？」
　ラッセルが妄想の世界に片足をつっこんでいたせいか、晴月は怪訝な顔をした。
「あー、はかどるな、って思って」
「何が」
　妄想が、とは言えないので似た意味ながらもっとたくみな表現を繰り出した。
「未来のこと考えるのがさ」
　我ながら、うまいこと言ったとラッセルは思う。

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