MODERN LOVE／バレンタインデーくれー知ってるよ！｜リアクション

MODERN LOVE／バレンタインデーくれー知ってるよ！

　額に手をかざし英二は彼方に目をむける。
「いい眺めだね」
　話しかけたのだが、残念ながらののこは聞いていなかった。
「わー！」
　ののこは突然声をあげ、草の生えた土手に身を横たえたのだ。そのまま真横にごろごろ回転しながら下りはじめたのである。
「ひゃー！」
「野々さん！？」
「英二くんもやろうよ楽しいよー」というののこの声が遠ざかっていく。
「大丈夫なの！？」
　河に落ちないかと一瞬不安になったが迷ってはいられない。自分もやってみる。
　英二は斜面に身を投じた。
　転がる。草の匂いに包まれながら転がり落ちていく。思ったより勢いが強い。怖くなんてない。笑い声が出た。
　ごろごろごろごろ、上に下に。
　柔らかな土を背に感じる。空の青さが目に染みる。でもそれは一瞬で入れ替わるのだ。
　青、緑、青、緑。空と地とが交互だ。
　あっという間に下についた。当然ながら川まではまだまだ距離があった。
　体を止めて息をつき、背を草にあずけ空を眺める英二の視界に、
「急にやりたくなってさぁ」
　ののこが入ってきた。満面の笑顔だ。手を差し伸べている。服や髪に緑の草がついていた。
　野々さん。
　僕、きっと野々さんのことが――。
「ありがとう」
　英二は彼女の手を取って立った。
「野々さん、頭、草ついてるよ」
「英二くんこそ」
「背中にもいっぱい」
　互いに草をつみあう。「おさるのノミ取りみたいだね」と言ってののこは英二を笑わせた。
　猫又川に沿って歩いた。海へ向かう方向へと。
　しゃべりつづけた。しばらくは、すこし前のできごとが話題の中心だった。先日『クラン＝G』を訪れたときの話だ。
「リックさんって本当に桐島先生そっくりだね」
「ほんとほんと、双子の兄弟じゃないのかな本当は」
「あのゲーム面白かったなぁ」
「どのゲーム？」
「ほら、桐島先生や鷹取先輩、北風先輩まで加わってみんなで遊んだゲーム。『Mesdames et Messieurs』だっけ」
　男女ふたりでチームを組み競い合うゲームだ。チーム分けはくじ引きでもよかったのに、参加メンバーは誰ひとりそんな提案をしなかった。特に悩むこともなく三つの組み合わせにわかれたのである。英二とののこも、当然みたいにチームを組んだのだ。英二が稼ぎ手となってののこのドレスアップを支える、そんなシビアすぎる設定ゆえ白熱した。
「たしかに面白かった！　今度は私がムッシュ側をやりたいなぁ。稼いで英二くんを着飾ってあげるの」
「それは楽しみだ」
　僕とチームを組むことが前提になってるんだ。
　英二は思う。地味に嬉しい。
「まだまだ寒いけど」ののこが言った。「もうあと二週間だかで春なんだよね」
「だね。いまはまだこんな冬の生活だけどね」
「あっという間に春がくるよ。あっという間に卒業式、そしたら新年度！」
「四月からの生活かあ」英二は遠い目になった。「予想が付かなくてイメージできないなあ」
　来年度なんてこなくていいとすら思う。
　ずっとこんな風に、野々さんと暖かな会話をつづけられればいいのに。
「そうだこれ飲む？」
　海外産らしき謎めいたペットボトルをののこが手渡してくれた。
「コーヒー？　じゃないか、これは……」
「チョコレートドリンク、炭酸の。珍しいから買ってみた。自販機にあったんだよ」
　数日遅れではあるけど、とののこは言った。
「ハッピーバレンターイン！　これはこれでチョコだからね。でもおいしいかどうかはナゾー」
　海が見えてきた。