MODERN LOVE／バレンタインデーくれー知ってるよ！｜リアクション

MODERN LOVE／バレンタインデーくれー知ってるよ！

　むーん、とうなって理緒は目を覚ました。
　時計を見るともう夕方だ。でも気にしない。バレンタインデーあけの日曜日、今日は一日オフなのだから。
　だから寝床のなかの極楽気分を、もうしばらく味わおう。
　あったかーい。
　マットレスのやわらかさ、ぬくもりに目を細める。低反発マットレスは最高だ。綿のシーツもたまらない。両方そこそこ根は張るが、奮発していいものを購入して本当によかった。
　それに、あたたかい理由はベッドだけではない。
　ふふ、と笑みが漏れてしまう。
　理緒のすぐ隣にはあたたかく清らかな裸体が眠っているのである。もちろん紗月だ。一糸まとわぬ姿。額にかかる髪、白いうなじ、なだらかな曲線美。絵にして飾っておきたくなる。
　疲れてるのかなー、紗月、ぜんぜん起きない。
　って、疲れさせた原因はあたしだったりするわけですがー。
　理緒はぽりぽりと後頭部をかいてしまう。
　昨夜の紗月、最高に可愛くて色っぽくて――エロかった。思い出すだに恥ずかしくなるなあ。
　昨夜から今朝のことはいくら思い出しても足りないくらいだ。
　でも昨日昼のことは、逆に黒歴史認定したいくらいである。
　マジ、最悪だった。

「どんな仕事だって完璧にやり遂げてみせらぁ！」
　と叫んで意気揚々、ビーチに乗り込んだ理緒を待っていたのは、臨戦状態のグラドルやミューチューバーたちであった。
「みんな正気なの！？」
　全員水着姿だ。噴霧器みたいなウォーターガンを持ってスタンバイしていた。膝から下はもう海中という者まである。もちろん一様にJDブランドの水着、しかも女子はビキニ率百パーセントだ。そして全員、
「待ってました！」
「理緒さーん！　あたしファンなんですー！」
「ガンガンに水かけるっすー！」
　と目を疑うほどに元気で笑顔なのである。どっか壊れているんじゃないかと理緒は心配になってきた。
　だが理緒としても臆するわけにはいかない。もうカメラも回っているわけだし。
「よーしお前ら覚悟はいいかー！」
　言うなり理緒はロングコートを力強く脱ぎ捨て、ビキニに飾られた圧倒的な美ボディをさらした。冬の弱々しい太陽なんかより、理緒の健康美のほうがよっぽどまぶしいくらいだ。
　でも本当は、
　……寒っ！
　怒気をこめて叫びたい。だが理緒は負けない。負けてはいられない。グラドルにミューチューバー、それなりに知名度のある顔ぶれがそろっているが、この中で個人の写真集を出したのは、しかもそれをベストセラーリストに載せたことがあるのは理緒だけなのだから。言うなれば大ボス、ボスが弱音をはくわけにはいかないだろう。
　威風堂々そう決めて、カメラによく写るように海岸を歩んだ。
　ここは真冬のビーチじゃない。雪が降りそうな寒さじゃない。
　脚光集まるステージだ。さもなくばランウェイだ。カメラに向かい挑発的なポーズを決めて場を沸かす。
「俺も俺もー！」
　帆太はヒャホーと叫んで水着一枚となった。トレードマークのメガネは外さない方向らしい。
「ところでパンダ、大会のルールは？」
「貯水タンクつきのウォーターガンで水を撒きます撒きまくります！　そして浴びます！」
「うん、それで」
「以上です！」
「パンダこの野郎！」
　ドロップキックを決めてやると、帆太は派手に海に飛んで水柱を立てた。
「こうなったら」大容量のタンク付きウォーターガンを装備し、理緒は両目に焔を宿した。「とことんやったるでー！」
　バトル開始と同時に理緒は、ヤケクソと開き直りで水鉄砲を乱射しまくった。ただ撃つだけではない。大きく腕を振り上げて胸を揺らしたり、大開脚で攻撃をかわしたり、グラドルの胸元を狙って水着の位置をずらしたり逆に自分も同じ目にあったりと、縦横無尽阿修羅のごとき大暴れをかましたのだ。
　どれくらいの時間撮影したのかは覚えていないが、最後のほうは腕と足の感覚が消えかけていたのは事実である。唇も絶対ディープパープルだったと思う。
　これは後日の話だが、理緒の大暴れっぷりはバズりまくり、動画はパンダチャンネル史上最高の再生回数、さらには『いいね！』数を記録したということだ。
「はい終了！」
　声がかかるや否、理緒は鬼気迫る表情でドラム缶風呂へ突進した。「このままじゃ死ぬ！」と叫んで熱い湯に飛び込み、最良の湯加減に「はぁあ～」と蕩（とろ）けたのだった。……なおここのくだりも、『有料秘蔵映像』として撮影されており、これまた高いマネタイズに成功したという。
　なんと無情の世界であろうか。

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