ようこそ！　ホビーショップ『クラン＝G』へ！！｜リアクション

ようこそ！　ホビーショップ『クラン＝G』へ！！

　週末は外出、そう決めていたから、今週ずっと佐藤英二は受験勉強に集中できた。
　この間はゲームの誘惑にも負けなかったし、アニメや映画も我慢した。漫画の一冊だって手にしていない。なのにこういうときにかぎって、買ったはいいけど未組み立てのプラモデルが視界に入ってくる。一度はうっかりニッパーを手にしそうになったほどだ。
　ダメダメ。外出は週末。
　それも、野々さんとの外出……！
　行き先はホビーショップ『クラン＝G』、英二にとって思い出深い店だ。人気プラモデルがネットで売り切れても、まさかのワンチャンと思ってはせ参じた『クラン＝G』には在庫があった。特撮のコレクターズアルバムを買ったのもあの店だったし、レアもののフィギュアもあの店で見つけた。セール期間中ともなれば最低一つは、びっくりするくらいの安価で何か買ったものだった。最近街の書店が減ってきたから、本屋がわりにもよく通った。ののこと来店した記憶も数限りない。
　店は三月のなかばでリニューアルになる。なんでも経営元が変わるのだという。ただ、敵対的買収だのなんだのという争いの結果ではなく、あくまで友好的にしかも店の価値に見合う金額での買い上げだったということでムードは明るい。それでもひとつの時代が終わるのだから、一抹の寂しさはぬぐえなかった。
　週末はリニューアル前セールの初日だ。そうと決まれば迷う理由はないではないか。
　よし、『クラン＝G』に行こう。せっかくだし野々さんも誘おうかな？
　でもデートじゃないよね。遊びに行くだけ。
　なぜか心の中で言い訳する。
　ののこに話したところ彼女も大いに乗り気で、すぐに予定が決まったのである。
　なので。
　週末にののさんと『クラン＝G』に行くその日まで、受験に全力投入しよう。
　この言葉を念仏のように唱えて机にかじりつき、とうとう英二は乗り切ったのだ。受験勉強漬けの一週間を。だから本日目覚めたときの爽快感たるや、背中に翼が生えて空を飛んでしまいそうな気がしたほどだ。
　今日だけは、すくなくとも夕方までは、受験生であることを一時的に忘れよう。
　起きると同時に枕元のスマホが振動した。NYAINのメッセージ通知だ。
　まさかと思って画面を見たら本当にそのまさかだった。小躍りしたくなる。
『やっほー、英二くん。おはようピ』
　野々さんからだ！
　つづいて投げキッスのスタンプが送られてくる。投げキッスしているのが『Tales Of the Sky』、略して『TOS』（※）の登場キャラクター（魔導学校のセクシー校長、という設定のキャラ）だったりするあたりもののこらしい。
　浮かれるあまり自分も『おはようプ』とか返しそうになって、むずむずと気恥ずかしくなって取り消した。かわりに英二は『TOS』のスタンプで、『おはようございます』と返しておく。こちらは合掌するガーナックΥ（ユプシロン）だ。
　ここでようやくスマホの時計を見て、英二はさーっと血の気が引くのを覚えた。もう待ち合わせの時間ではないか。
　寝過ごした！
　遅れるから寮の食堂で待ってて、といった謝罪文を入力している最中にののこからの新たなメッセージが入った。
『実はもう英二くんの部屋のドア前にきてるよー』
「ええっ！？」
　これが英二のこの日最初の、そしてたぶん一番大きな声となった。
『入っていいー？』
　さらに『覚悟はいいか？』と問うガーナックΟ（オミクロン）のスタンプが届く。
「待って待っていま起きたところ。まだ着替えてないんだ～」
　寝過ごしちゃってと言い泡を食いつつも、この部屋のドアにもたれているののこの姿を英二は想像していた。

※ゲーム『Tales Of the Sky』の略称は『TOS』が本則となる。しかしなぜか『of』の部分を大文字にして『TOF』と誤表記したものもしばしば見られる。ゲーム雑誌か何かでまちがえて使われたものが、なんとなく通称として広まったものらしい。いまでは『TOS』でも『TOF』でも通じるようだ。以上、余談である。