来るのは二度目だが、それでも緊張はしている。
当初のイメージとは異なり日当たりの良い清潔な待合室だった。もっとジメジメとして暗くて、負の空気うずまく場所を想定していたのだが。
偏見ね。『こういう場所』だから、って――。
自分のなかにあったネガティブな感情、認めたくはないが幽(かす)かに存在していた蔑視、永遠に縁のないところという決めつけを自覚させられたように思う。
照明は明るい。シートの座も心地はよく、テレビにはどぎついバラエティではなく環境ドキュメンタリーのようなものが流れている。画面内はカナダとおぼしき美しい湖畔で、鹿が静かに水を飲んでいた。足元のスリッパも新品同様、しかも毎回消毒しているらしい。書架の雑誌やマンガもいたってきれいだ。こういった環境を、前回来院したときは目に留める余裕すらなかった。
書架から科学雑誌を抜き取り、
北風 貴子はうつむき加減に開いた。
素粒子の世界、無から生じる有、虚数時間……まったく知らない世界の説明と図解を眺めていたとき、
「鷹取さん」
知った名前がコールされたのを耳にして思わず顔をあげた。
やっぱり。
受付に保険証を出して戻ってきたのは、高校、それに大学でも後輩にあたる
鷹取 洋二だった。
洋二も貴子に気がついた。
「やぁ、北風先輩じゃないですか。今日はどうしました?」
しばらく言葉をさがしてから、ようやく貴子は口を開いた。
「ちょっと、ね」
どうしても言葉が重くなる。
「鷹取君こそどうしたの? こんなところ……心療内科に」
言葉にどうしても濁った気持ちがこもってしまう。恥ずかしいという意識がどうしても先立っていた。
しかし貴子の意識とはまるで逆で、洋二はその質問自体が意外という顔をした。
「特に何も。んー、強いて言えば心のメンテナンスですかね」
彼は定期的に通院しているらしい。親との関係に悩み気分が沈んでいた時期があり門を叩いたが、回復後もたまに訪れるようにしているそうだ。
「隣、いいですか」
「どうぞ」貴子は席を詰めた。
「それで」
ためらいがちに貴子はつづける。
「どう? 効果とか、ある?」
「わかりませんねえ」洋二はあっけらかんと言うばかりだ。「このごろは特に薬を処方されているわけでもないし。まぁでも、ドクターと話すだけで気持ちが楽になりますよ」
「そう……」
洋二が効果を力説しなかったことで、逆に貴子は楽になったように思った。
「そういうものなのね」
「そういうものです」
はっはっはとなんら屈託ない様子で洋二は笑った。
高校時代は、彼のこういうふわふわしてつかみどころのないところ『もっとしゃんとしてほしい』なんて思ってたけど――。
反省。鷹取君は私よりずっと自然で立派ね。つまらない先入観とも無縁。恥ずかしいなんて思っていた自分こそ恥ずかしい。彼を見習いたいな。
なぜ貴子がここにいるのか洋二は興味がないらしかった。共通の知人の近況など、世間話を積極的にふってくる。
しばらく応じてから貴子はおもむろに切り出した。
「私のこと、噂にせよ聞いてると思うけど」
「なんのことです?」
とぼけるような腹芸を洋二はしないだろう。そんな口調でもない。
「休学してるの。しばらく。
事件にまきこまれてね」
事件の詳細については明かさない。匂わせておくにとどめた。それでも洋二は小さくうなずいた。
「大変でしたね」
数秒、時計の秒針の音すら聞こえるほどの無言が場を支配したがやがて、
「ところで先輩、診察のあと時間あります?」
いささか唐突ながら洋二は言ったのである。
「いきつけのゲームショップがありましてね。よかったらボードゲームでも遊んで帰りませんか?」
根掘り葉掘り訊かない、訊こうともしない洋二のマイペースぶりがありがたかった。
「でも」
私ゲームのことわからないから、と貴子が返す前に洋二は言ったのである。
「元ファミレスを改造した大きなお店です。『クラン=G』っていうんですが、聞いたことないですか?」
「名前くらいなら」
「今日なら学校休みですし、寝子高のOBとか現役生とか、知ってる顔も来てるかもですよ。遊ぶだけならお金はかかりません。楽しいですよ」
「もし私に興味があるのなら――」
「はっはっは、ご心配なく。僕、交際相手いますよ。彼女も呼ぶつもりですし」
「鷹取君に恋人? 意外……って、あ、ごめん」
今日、貴子は洋二に驚かされてばかりだ。風邪引いたのと同じレベルで心療内科に来ていると語り、いつの間にやらガールフレンドまでいるというではないか。
「意外なのはもちろんですよ。僕だってびっくりしてるくらいで」
このときにはもう半分以上、貴子は行く気になっている。
◆ ◆ ◆
ホビーショップ『クラン=G』は読んで字のごとく、趣味人のための店だ。
中心にあるのはゲーム、といってもコンピュータのものではない。一言であらわすなら非電源、数人集まってボードを囲みダイスをふる昔ながらのゲームをそろえ、遊んでもらうための店なのだ。日本はもちろん世界のボードゲーム、トレーディングカードゲームあるいはテーブルトークRPG、同人作品だってたくさんある。ほとんどは店長
三佐倉 杏平が自分のセンスでキャッチしたものが、できるだけ勉強したプライスでならべられている。
もうひとつの主力はプラモデルやフィギュアだ。テレビアニメのおなじみのあのプラモ、価格帯も難易度もハードルの高いガレージキット、レアなフィギュアやプレミアものまで、いつ行っても驚くような商品が入荷されている。芸術品みたいに精巧な職人もの、キッチュな造形がたまらないアメトイも充実だ。作る人にも作らないけど観賞する人にも均等に優しい店なのだ。
その他モデルガン電動ガンなどサバイバルゲームも数多く売られている。週末ごとに九夜山につどうサバゲー戦士たちは、たいていこの店でアームド&レディしていくのだという。
関連書籍やグッズも集めた『クラン=G』が豊富な在庫をおけるのは、かつてファミレスだった店を居抜きで買い取ったことによる。実は店舗は通販の倉庫も兼ねていて、売り上げの中心はむしろネット販売にあるようだ。
長く愛された『クラン=G』は、この春、最大の転機を迎える。
個人経営だったが米国のホビー会社への譲渡が決まったのだ。オーナーの杏平――というよりはその娘(にして看板娘)
三佐倉 千絵は悩んだすえに売却を決めた。買い取ったギルド・オブ・エイジズという会社は店の精神を継承すると約束しているものの将来はまだわからない。
本日は休日。連休の一日目だ。『クラン=G』の朝が来た。
鍵を開け、暗い店内に入ってきたのは千絵だった。緑のエプロンを巻く。ポニーテールにした髪に、お気に入りのリボンを結び直す。
「さて」
千絵は店に明かりをともしていった。彼女は弱冠十二歳の中学一年生、名前こそ店長代理だが、遊んでばっかりの父親にかわって事実上店を切り盛りしている。
しかし千絵の細腕繁盛記もいよいよ終わりが見えてきた。店の売却後、千絵はゲーム作家(ボードゲームのデザイナー)になる夢をかなえるべくドイツに移住する予定だ。
「さあ、今日もお仕事お仕事っ」
あと何度、このセリフを口にできるだろう。
回数制限のある魔法のように、唱えるたびに終焉が近づいていくことを千絵は知っている。
でも余計なことを考えるのはよそう。だって今日から『クラン=G』はリニューアル前セールなのだ。
きっと忙しくなるはずだから。にぎやかで騒がしく、楽しく。すべてが金色の夢みたいに。
「いらっしゃいませ」
来店したあなたに千絵は声をかける。
「ようこそ! ホビーショップ『クラン=G』へ!!」
マスターの桂木京介です。
長いシナリオガイドですいません。ここまで読んでくれたあなたには感謝の言葉しかありません。
概要
主として私のシナリオに登場してきたホビーショップ『クラン=G』をテーマにしたシナリオです。
初登場時は移転前で、雑居ビルの一角だった店が、気がつけば大きくなりさまざまな話の舞台となり三佐倉 千絵のようなNPCまで定着したのは、育ててくださった皆様のおかげです。
来店してボードゲームやカードゲームで遊ぶ(他のお客さんと遊ぶことも可能です。相手がいないなら千絵や杏平、鷹取 洋二、芋煮 紅美ら『クラン=G』ゆかりのNPCが相手になります)のはもちろん、『クラン=G』の要素がどこかにからんでいればいいので、店から出て買ったゲームで遊ぶなどの展開も可能です。あるいは、「あのトレカほしいな、いまから『クラン=G』っていう店に行ってみよう」というのもありでしょう。舞台が『クラン=G』店内であることは必須ではありませんので自由に発想してみてください。
NPCについて
制限はありません。ただし相手あってのことなので、必ずご希望通りの展開になるとはかぎりません。ご了承下さい。
※特定のマスターさんが担当しているNPCであっても、アクションに記していただければ運営と相談しつつ登場できるようがんばります。
以下のNPCだけは状況だけ決まっています
●リチャード・ヤン
通称はリック。米企業ギルド・オブ・エイジズの社員で、業務を引き継ぐべく『クラン=G』の店員として働いています。春からは彼が店長を務める予定です。なお彼は寝子高数学教師の桐島義弘と瓜二つの外見をしています。彼を見て「なんで桐島先生がここに!? バイト!?」と焦る寝子高生もいることでしょう。
※リックについてはこちらのガイドをご覧ください。話題に登場する五十嵐 ともかはリックの娘であり、寝子高教師五十嵐 尚輝の姪でもあります。
●桐島 義弘
双子みたいに似ているリックとちょっとしたトラブルがあり、それがきっかけで親しくなりました。
ボードゲームは『知的遊戯であり面白い』と理解したようで、ふらりと来店するかもしれません。彼を見て「なんで桐島先生が二人!? 生き別れの兄弟!?」と焦る寝子高生もいることでしょう。
●北風 貴子と鷹取 洋二
シナリオガイドからのつづきでやがて来店します。
NPCとアクションを絡めたい場合、そのNPCとはどういう関係なのか(初対面、親しい友達、交際相手、とくに前フリはなかったけど銀河皇帝とその娘でした――など)を書いておいていただけると助かります。
参考シナリオがある場合はタイトルとページ数もお願いします(できれば2シナリオ以内でお願いします)。
私こと桂木が書いたシナリオであっても、タイトルとページ数を指定いただけないと内容を思い出せない可能性があるのでご注意ください(すいません本当です)。
それでは次はリアクションで会いましょう。あなたのご参加をお待ちしています!
桂木京介でした!