授業風景～３年芸術科の場合～｜リアクション

授業風景～３年芸術科の場合～

◆私を重ねて

　授業を重ねるうちに、生徒たちの間に差が生まれていった。
　最も手際がいいのは吉祥寺黒子。
　最初の授業で採寸をすぐ終わらせ、デザイン図もあっという間に完成させた彼女は既に形が見えている。
　なぜそんなに早いのか。
　実は吉祥寺は既存の着物を手直しして、自分のサイズに合わせたのだ。
　その着物は紫地に枝垂れ桜が描かれた繊細な代物。
　吉祥寺黒子の亡き母の着物。
（「もうひとりの私」という題ならこの服以外にありえねェ）
　つるりとした着物の表面を撫でると桜が匂い立つような気がした。
（母さん……）
　吉祥寺は目を閉じて心の中で呟く。温かい笑顔が浮かんだ。
「うし、ここからが本番だ！」
　けじめをつけるように吉祥寺はパチっと目を開け、手早く針に糸を通した。
「……楽をしたいわけじゃないからなっと」
　ひとりごちると、慎重に着物に針を通した。
（母さんからもらった着物。大事にしたいんだ）
　新たな刺繍入れるために。

　吉祥寺に次いで進んでいるのは、月居歩。
「浴衣の型紙ってあんのか？　あるなら使わせてもらうか」
　と自分に出来ることを堅実にこなしていくため、失敗が少ない。
　そしてもともと手先が器用なため、さほど苦労せずに手縫いで浴衣を仕上げるのだった。
　

　そこまで不器用ではないアネモネ・アドニスの進行度は、思わしくない。
　それなりに手馴れた様子で作業を進め、慣れない型紙を作り終えてからは難なくこなしていたのだが、それでも完成にはほど遠かった。
　理由は簡単。
「よろしければ私にも何かお手伝いできるかしら？」と言って、風間舞子の手伝いを名乗り出たからだ。
　風間は「いっ！」と針を指に指しては涙を飲み、気がつくと生地に血が滲むということを、幾度となく繰り返していた。
「ゆっくりでいいので一緒に頑張りましょうよ」
　けれどアネモネのやわらかな笑顔と、風間自身の集中力のおかげでなんとか諦めずに続けていた。

　クラスでも随一の技術を持つX 我威亜は「♪ふんふん～　ワルエロ～」ただいまなぜか作曲中。
　本気で犬猫歌合戦を目指しているのだろうか。
　答えは彼のみぞ知ることである。
「さすが俺。これで世界中の女にラブをプレゼントできるぜ」
　その作曲も終わったようで、Xは次の作業に取り掛かかる。
　と次の作業に移る前に、Xは笠原七穂に声をかけた。
「七穂よぉ、舞台をだなぁ、」
　笠原はXの言葉を聞いて、唇をわななかせた。
「一授業でそんな大掛かりなことできないわよ！」
　笠原の悲鳴など聴き慣れたもの。Xはつまらなさそうに言い返した。
「なんだ？　結局啼くことしかできないってか？」
　笠原の耳がぴくりと動く。
「残念だったな。俺に新世界を求めておいて、七穂はおうちの中でおネンネとは」
「ああもう、わかった！　やってやろうじゃないの！」
　またもや言いくるめられた笠原はなにかを呟きながら、教室を出て行ってしまった。
　それでも授業は滞りなく進行する。

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