【コズミック・Ｂガール】

　ぎらぎら、びかびかと目に痛いほど輝いているのは、星の海。チープな比喩表現なんかじゃありません、文字どおり、モノホンの星くずたちです。向こうには銀河がうずを巻いているし、あっちからは彗星が飛んできて、目の前をとおり過ぎるとぎゅんと加速しながら急ぎ足に去っていきました。
　宇宙空間がこんなにも明るいものだと、梓 智依子はまったくもって知りませんでした。
　すう、と息を吸い込み、はふう。大きく吐きだします。それを何度かくりかえすとようやくにして、胸の鼓動が落ち着いてきました。けれどどうにも居住まいがよろしくないのは、当然のこと。半球状に智依子を取り囲むガラスドーム……もちろん素材はガラスではないのでしょうけれど、そうとしか見えない、直径１５メートルくらいの空間に智依子はおりました。外は星たちのまたたく真空です。いくら深呼吸をしてもどうやら空気がなくなる様子はありませんけれど、いつパリーンといくやら、不安になってしまいます。
「ああなに、割れるんじゃないかって心配？　大丈夫よォ、地球産じゃないし。割れやしないから、思いっきり踊ってちょうだい」
　安心して、と気さくに優しく背中を押してくれるのは、智依子のマネージャーを務める女性です。たぶん女性……っぽいです、流ちょうな日本語の端々から察するならば。なにせ相手は三つ目にたくさんの触手が生えた宇宙人ですから、はっきりとは分かりませんけれど。
「ほら、楓ちゃんも見てるわよ？　宇宙一のママになって、娘さんを喜ばせておやんなさいな」
「……そうですね。がんばらなくっちゃ」
「その意気よォ！」
　ぐ、と拳を握り込むと、ガラスを隔てた向こう、たくさんの宇宙人たちが集う観客席のなかでぱたぱたぱた、手を振りながらにこぱと笑う愛娘の姿が目に映りました。



　その日、地球人は知りました。広いひろい宇宙には、自分たちのほかにも知的生命体がいたことを。
「ママー、あれなに？　ゆーふぉー！？」
　智依子も楓をむぎゅっと抱き締めながら、空を眺めてぱちくり、ぽかんと口を開けて見入ってしまったものです。
『○×△□＄￥％＆……＃：※ー、あー、テステス。聞こえてますかー？　ニポン語だっけ、ちゃんと翻訳できてる？　オッケー？　よしよし。えー、おほん！』
　ずごごごごごご！　雲の向こうから姿を現したのは巨大な、そうＵ・Ｆ・Ｏ！　宇宙船です、いかにも極太ビームでもってずばしゅばどかーんっと街をなぎはらい、消し飛ばしてしまいそうなヤツです。間違いありません、だって映画で見たことあるもん！
　という地球人たち、主に寝子島人たちのおおかたの予想を裏切って、宇宙人が告げたのは宣戦布告でも降伏勧告でもなくて、もっとスットンキョウなお誘いでした。
『ワレワレハ宇宙人ダ……え、地球式の挨拶ってこうじゃないの？　まあいいや、地球の皆さまにお知らせします。我々は＜ユニバース・ストリート・グランプリ＞天の川銀河系代表団。宇宙一のダンス・アーティストを決定する由緒ある大会において、御星の代表選手を選出したく訪れた次第でございます。我こそは！　と思うＢボーイにＢガールはぜひご参加くださいませ。センキュー！』
　地球人一同、ぽかーん！　でありました。



　見応えある予選会での激闘までも語っていると尺がありませんので、カツアイするとしまして。
『オーマイブッダ！　この表現合ってる？　すばらしいダンスでした、お見事！　Ｕ・Ｓ・Ｇ、天の川銀河系団の代表は地球出身、チエコ・アズサ選手に決定～～～！』
「わ、私が地球代表……？」
「ママー、やったー！」
　競技中に娘の面倒を見てくれるため、祖父母もいっしょについてきてくれたのは智依子にとって、すばらしい追い風でした。もちろん輝く瞳でいつだってママを見守ってくれる、小さな楓の無邪気な笑顔も。
　地球を飛び出し、宇宙の各地で転戦、まさにユニバース！　なダンスバトルを勝ち進んでゆく智依子。アンドロメダ大星雲ではいわゆるリトルグレイ型宇宙人との壮絶なブレイクダンス合戦を制し、大マゼラン雲ではガス状惑星から生まれたデジタル生命体のゆるやかなステップを高速シャッフルダンスで圧倒し、Ｍ８７銀河では超大質量ブラックホールをバックに背負うステージにて、１００本の足を持つタップダンサーを見事なノーハンドウィンドミルを決めてねじ伏せました。快進撃！
　そして、今。


　オーロラきらめくステージ、ガラスドームの向こうにはぎらぎらな太陽がごうと火柱を噴き上げ、光の輪を帯びる美しい連星がめぐり、おびただしくゆきかう流星群がバトルを演出します。
「あちらもご到着ね。さあ、あれが決勝戦の相手よ」
「お……大きすぎない？」
　智依子が思わず目をまんまるにしたのも無理はありません。ダンス宇宙一決定戦、その対戦相手ときたらまさしくプラネット級。地球を両手で抱えて持ち運べてしまいそうな、惑星サイズの二足歩行ロボット型宇宙人です！
『へっ、またこんなチビが相手かよ。俺の超ド級ダンスの敵じゃないぜ』
「むっ」
　実際、宇宙各地で繰り広げられた熱闘を勝ち抜き、ここにいるのでしょう。智依子だってもちろん油断するつもりも、手を抜くつもりもありません。
「身体の大きさは関係ないわ。大切なのはソウルよ。パッションよ！　私の魂を見せつけてあげるわ！」
『言うねえ！　いいぜ、楽しませてくれよ、おチビちゃん！』
「望むところよ！」
　足元へ響くビートに乗り、両者ステップ。決勝戦の模様はカメラを通じ、宇宙中のダンス・ファンへ届けられるとのことです。確かに相手は星ひとつ並の大迫力、けれど映像として投影される智依子のホログラフもまた、惑星サイズ！
「ママ！　がんばってー！」
　確かに声が届きました。客席の一角、巨大ロボット星人とくらべればあんまりにもちっぽけな、けれど智依子にとってなによりも大きくて頼りがいがあって、いとおしくて、素敵な笑顔がそこにはありました。
　こくりとうなずいて、
「見ていてね、楓。宇宙を私の足元に……踊り尽くすわ！！」
　コズミック級ダンスの応酬に銀河は揺れ、智依子のステップは太陽風に乗ってアツく激しく、宇宙を燃え上がるほどの熱気で包み込んでゆくのでした。