【街のおまわりさん】

「おっしゃあ、見つけたで！　いくでアルス、急降下や！」

ぎゃおおおおん！！
　服部 剛を背に乗せ、黒鉄のように暗くつやめく鱗を持つ竜は太陽を背負い咆哮。どぎゅん！　すさまじいスピードで大空を降下していきます。眼下にのびる寝子島街道、剛は疾走する目標を定めます。
「先頭、ダイアウルフに乗っとる……いた。またあいつか！」
　かかとで黒竜の横腹をこつんとやって合図すると、愛用の大斧をぐおんと振りかぶり、一閃！
「おりゃあああっ！！」
「どわ～～～っ」
　衝撃に吹っ飛んだのは緑の肌をした小鬼、ゴブリンの若者です。アスファルトへ転がったところへ、アルスの太くて頑強な前足がずしん。
「ぎゃーっつぶれる！　つぶれる！　分かったわかった、降参する！　降参！」
「ったく、懲りんやっちゃなあ。ほらお前らも抵抗すなよ～、燃やしてまうで？」
「あっ、てめえはハットリ！　またお前かよ！」
「そらこっちのセリフやで。これで何度目や」
　アルスが炎の息をふしゅーっと吹き出すと、足元のリーダー格ゴブリンのありさまにも恐れをなしたか、部下の面々も慌てて騎乗獣から降りて両手を上げました。
　ゴブリン窃盗団、これにて現行犯タイホ！　であります。



「お見事でした、服部巡査！」
「いやなに。このくらい、軽いモンやで」
　ずらずらと並んで連行されていくゴブリン窃盗団たちを尻目に、なじみの女性警察官さんへウィンク飛ばし、剛は寝子島警察署へ凱旋。甲冑を脱いでふう、とひと息をつきました。気を利かせて持ってきてくれた缶コーヒーに礼を言って、ぐびりとあおります。ほてった身体に染みわたりました。
「今週、何度目ですか？　出動……増えてますよね」
「せやなあ」
　数年前のあの瞬間を、剛は想起せずにいられません。
　夜空へ浮かび上がる星幽塔。幻想が現実へと姿をあらわし、融合を果たしたのです。以後、ほしびとたちはこぞって寝子島へやってきて、それまでのように人目を避けながらではなく大っぴらに、移住し生活するようになりました。彼らの多くは寝子島へ親和し、住人たちとも良好な関係を築いておりますけれど……問題となったのは一部のほしびとたちが引き起こす、犯罪率の上昇でした。
「ま、しゃーない！　それが俺らの仕事やからな」
　そうしてやむなしという形で結成されたのが、剛も属する特殊機動部隊ではありましたけれど。
「俺はこの仕事が気に入っとる。寝子島のひとらが安全に、安心して暮らせるんなら、俺らの苦労なんて。はは、大したこっちゃないんや」
「服部巡査……！」
　同僚のキラキラかがやくあこがれの瞳に、剛巡査はとびっきりのスマイル。若い女性警官さんは彼の大らかでワイルドな魅力にメロメロです。
「それに……」
「それに？」
「いや」
　手を振り、剛は笑顔に心の奥を隠しました。
（ストレス解消にもなるしなぁ……なんて言うたら、おねえちゃんもドン引きしてまうもんな）
「服部巡査！！」
　と、そこへぱたぱたぱた、駆けてきたのは後輩の警官くんです。なにやら慌てている様子。彼は少し息をととのえてから、
「じ、事件です！　白竜に乗ったほしびとが、星ヶ丘地区を襲撃して……出動願います！」



　アルスは翼を打って空へと飛びあがります。あいにくの曇天、今にも降りだしそうな気配。湿った空気が鼻につき、不穏な気配を振り払うように大斧をぶおんとひとつ回転させました。
「……そこまでや。なにが不満で暴れてるんや、ちっと剛さんに話してみいや」
「ふん。下世話な人間などに、なにが分かるというのだ」
　ぴんと長い耳、真っ白な肌。すらりとしてスレンダーなスタイルに、彫金の施された美麗な軽鎧を着こなす、思わずため息が漏れそうなほどに見目麗しい、エルフの美青年でした。
　空中でアルスをホバリングさせ、対峙します。青年は細身の剣を抜き放ち、剛をめがけて突きつけます。
「樹々が泣いている。草花は慟哭している。自然の声も聞こえぬ野蛮な人間どもにかわり、私が彼らを救おうというのだ。邪魔をするな！」
「ほーん。新手のエコテロリストってわけやな、しかしまあ、これはちょっとなあ……」
　彼の主張はまあまあ立派に聞こえますけれど、竜を駆ってやることといえば街路樹を根っこから掘り返したり、花壇に咲いた綺麗な花たちを蹴散らかしたり。ちょっとあんまり、自然派エルフの所業とは思えません。
　彼いわく、
「人の手に育てられた草花や樹々はもはや、自然の中で生きてゆくことはできんのだ。彼らは高潔でヨソモノを嫌うから、つまはじきにされイジメられてしまうのだ……ならばいっそ私の手で介錯してやるのが情けというもの！」
「介錯て。武士か！　そんなキレーな顔立ちして、野蛮なのはどっちやねん」
　ツッコミもそこそこに突撃、がきん！　大斧の一撃を細剣で受け流す青年の腕前は確かですけれど、剛は警察官。退くことは許されません。
「どや。その剣しまって、昨今の環境問題についてなんぞ、俺と語り合おうやないか」
「人間の話なぞ聞く耳持たぬと言っている！」
「あーそうかい、なら交渉決裂やな！　実力行使でいかせてもらうで！」
　アルスと白竜、モノクロームが交錯し打ち合う刃は火花を瞬かせ、突進してはひと太刀、旋回してはひと太刀と剣戟はやまず。嵐のような応酬に、後続の応援部隊は近づくこともできません。
「アルス、いまや！」
「炎よ！」
　ぐぐぐとのけぞり、口腔いっぱいにため込んだ炎のブレスを、ファイヤー！！　ぶつかり合う火球がぼわわっと炸裂し、四方八方へ赤熱した光を放ちます。
　いつのまにやら眼下には星ヶ丘の人々が集まり、上空の大バトルを固唾をのんで見守っております。
　ぎゃおう、とアルスのひと鳴き。
「ああ、せやな。早いトコ決着つけんとな……俺らが組んだら、敵はおらんで。なあ、アルス！」
「哀れなる樹木のためにいいい！！」
　剛は人竜一体となって駆け抜け、陣風のごとき渾身の一撃をずばんと叩き込みました。



「だからあ～、排ガスくさい街中に植えられてる樹々たちが、可愛そうで私は、私はあ～」
「はいはい、分かったわかった。ゆっくり話聞いたるから、署までご同行願えまっか。相棒の白竜くんも悪いことにはせんで、安心しいや」
「うおおん、おおん、おおん……」
　周囲の人々がちょっとヒくくらいの大泣きで端正なお顔をぐしゃぐしゃにしながら、エルフの青年はしょっぴかれていきました。すっかりしょげているのは、剛の最後の一発がいささかイイところに決まりすぎたせいかもしれませんけれど。
「お疲れさまです。服部巡査」
「おう、お疲れさん」
　あの女性警官のお姉さんがふたたび缶コーヒーを持ってきてくれて、かつんと乾杯。ひと口ぐびりとのみこんで、深く息を吐きました。この方どうやら、剛にちょっぴり気があるみたい？　でして、なにかと気を回してくれたりするのでした。
「アルスくんにはお肉缶、開けてあげるね」
「おお、サンキュー！　めっちゃええやつやん、味わって食べるんやで～」
　気がつけば日は暮れて、空へ鮮やかなオレンジがまざりゆくところです。
「……いつもご苦労さまです」
「ん、急になんや？　アルスのことも忘れたらアカンで～」
「分かってますよ、もう」
　相棒の首元を優しく撫でてやる街のヒーローを、お姉さんはまぶしそうに見つめます。
「ま。俺は、街のおまわりさんやからな」
　にかっと笑うと、風が吹いて、剛の赤毛をふわりとなびかせて。白と黒の瞳はたそがれを映し、燃える炎のように揺らめくのでした。