災い転じて春来る｜リアクション

災い転じて春来る

「……やるなー……稲積熱烈」
　おみくじを引いた瞬間聞こえてきた声に、ラッセルはつぶやいた。
　ちろり、晴月に視線をやれば、ちょうどの緑の目がこちらを見たところだった。
　二人の声は、絶対晴月にも聞こえているだろう。とはいえラッセルには、まだまだあのハードルは高い。
（いやいや期待した眼差しとか向けてくれるなよ）
　希望半分妄想半分、パッと目をそらせば、晴月は「ラッセルなんでそっぽ向くの？」と不思議顔だ。どうやら、そこまではまだ期待されていないらしい。
　残念なような、安心なようなと心中複雑なラッセルに、晴月は無邪気に身を寄せてくる。
「おみくじ大吉だった？　私大吉だった！」
「そっか、それはよかったな晴月！」
　引いたおみくじを見せてくる晴月に、ラッセルは笑顔で返した。
　正直、あれを見た後これほど近づかれるとおみくじどころではないのだが、晴月は占い内容に夢中である。
「ねえ見て、恋愛のところ『運命の人に出会う』って書いてあるよ。これってラッセルのことかな？」
「えっ！　あっ！」
（なんてこと言ってくるんだよ晴月！）

　ラッセルは、晴月が「マッチかライター持ってる？」と聞いてきた日のことを思い出した。
　あのとき晴月は「その火を飛び越してこい！」と言うと言い、ラッセルは「焚き火をジャンプするくらいで晴月が喜ぶんならいくらでもやってやるよ」と答えた。
　でもその後、火を飛び越した男の子と待っていた女の子が裸で抱き合うと聞いて、すぐに発言を否定したのだ。
（でも俺もそろそろ焚き火を飛び越すべき！？　いやそもそも晴月は今も、焚き火をジャンプしてほしいって思ってくれてるのか？）
　にこにことラッセルの返事を待っている晴月に、何も返すことができない。
　そのうえ晴月は、だんだん心配しているような顔になってきた。
（やべ、なんか言わねえと、なんかっ……！）
　焦って考えるも、思いつくのは本心ばかり。
　結局ラッセルは、思ったままを口にした。
「俺は、晴月が運命の相手だったらいいなって、思ってる、けど」
　ふわっと熱い頭でなんとかそこまで口にして、でも先を言えずに黙り込む。
　でも晴月は、このたどたどしい答えに満足してくれたようだ。
「そう思ってくれて嬉しいよ、ありがとう。私もそうだったらいいなって思ってるよ」
　晴月はさらっとそう言うと、弾むように歩きながら、おみくじを結びに行ってしまった。

　その背中を見送り、ラッセルははあっとため息をつく。
（あんなにさらっと……晴月はすげえなあ。それに比べて、俺は駄目だな。頭に血が上ると後先考えずに動けるんだけど、普段はこと恋愛事に関してヘタレで……。晴月はこんな俺のこと、好き……なのか？）
　自問しつつも、「好きなんだろう」とは思う。
（運命の人だったら嬉しいって言ってくれたし、なるべく傍にいるとも言ってくれたし）
「……ってことは、本当の本当に焚き火を飛び越えていいのか、俺」
　立ち尽くすラッセルの背中を、ぽんと叩いたのは千里である。
　ずーっとラッセルを見ているのかと思うタイミング。
　実際見ているのかはわからないが、気にかけてくれているのだろう。
「一人百面相も面白いけどさ。後悔するのはやめた、って言ってたよな」
　真面目な時の千里の言葉は、いつだってまっすぐにラッセルの心に刺さる。