イケナイコトカイ｜リアクション

イケナイコトカイ

　
　翌朝、なんとか寮食の出る時間に間に合った英二は、あくびをかみ殺しながら桜花寮の食堂テーブルについた。
「やっほー。英二はんもいまから朝ご飯どすか～？」
　正面に座ったのは野々ののこだ。ときたま使うインチキ京都なまりをかましつつ、完熟でも半熟ない、いわば八割熟の目玉焼きをパクついている。
　やっぱり眠りが足りない。まだ目がシパシパするものの、英二はなんとか「おはよう」と笑顔で返した。
「遅い時間だねえ。いまからご飯だったら、大至急かきこまないと朝イチには間に合わないよ」
　寝子高三年生は自由登校となっており、とくに一時間目から登校する必要はない。この口ぶりからして、本日もののこは登校するつもりはないらしい。
「うん、ちょっとね。今日は午後から行こうかと」
「もしかして英二くん具合悪いとか？」
　いやそんなことはと英二がこたえるよりはやく、額にこちんと何かがぶつかった。
　ののこの額だ。ぐいと前のめりになって、英二とくっつけあったのだ。当然、目と目もほぼゼロ距離で睫（まつげ）がふれそう。唇同士も数センチと離れてはいなかった。
「んー、熱はないみたいね」
　ひょいと元の位置に戻り屈託なくののこは笑う。
「あ、うん……元気だよ」
　おかげで目が覚めたよ、とまでは言い出せない英二である。ふれあった部分がまだ温かい。まだ自分の目の前の空気には、ミルクセーキみたいなののこの香が残っているように思う。
　野々さんにはいつもびっくりさせられるなあ。
　よし、だったら今朝は僕も。
　英二はコホンと咳払いして、おもむろにこう告げたのである。
「『神などというものが実在するのであれば、我々などとうに滅ぼされているだろうに……』」
「あっ！？　それっ！？」
「そう、それ」
「あれ英二くんそこまで進んだんだー」
　指示代名詞『それ』『あれ』『そこ』だらけで会話をなりたたせてしまうのは、話題を共有するものたちだけに許された特権である。もちろん『TOS』についての会話だった。
「昨夜ね。これ、大黒ミオのセリフだったんだね。やっと行けたよ」
「ということは由真ルートかぁ～。私と一緒だ。ターヤルートだったらそのセリフちょっと変わるらしいね」
「このぶんだとミオとは共闘できそうだし今後の展開が楽しみだよ」
「その先も盛り上がるよ～」
　と嬉しげなののこだったが、何かに気がついたようで声を上げた。
「待って待って、英二くんのこれまでの進行具合から考えると、一日や二日でそのセリフまで進むの無理じゃない！？」
「お恥ずかしながら、昨日一日で……」
　朝方までプレイしたという顛末を英二は明かしたのである。
「もうー、ほどほどにしてよ、受験生なんだからさ」
「ところで」訊ねるべきか迷ったが、結局英二は問うことにした。「野々さんはどうだったの？　共通テストの結果」
　受験生というのなら、ののこだってあてはまるはずなのだ。
「ふふふ、それはね」
　とののこが含み笑いしたので、『まさかの高得点！？』と英二は色めきだつもさにあらず。
「自己採点やってないんだー。結果が怖くってさ」
　ののこは舌を出しただけだった。
　英二の山はまだつづく。
　ののこの山は、どうなることやら。